BJ 8/12(日) 05:16:56 No.20070812051656 削除
私の心臓はすでに破裂しそうなほど脈動を早めていました。
死の予感すら感じるほどに。
いや、それは予感などではなく―――
今宵、本当に、私の心は死ぬのでしょう。
それは確信に限りない感覚でした。
「何にそんなに怯えているの?」
赤嶺の声がして、私ははっと顔を上向けました。
その言葉は無論のこと私に向けられたものではなく、妻の耳元に囁かれたものでした。
「さっきから、ひどく震えている」
赤嶺の声は普段の彼からは信じられないほど優しい口調でしたが、私にはそれは悪魔の優しさに思えました。
そして、今ここでこうして震えている私は、悪魔メフィストフェレスに自身の一番大切なものを差し出したファウストなのです。
赤嶺の身が妻からわずかに離れ、浅黒い手が妻のなめらかな二の腕を優しくさするのが見えました。
「何も心配することはない。貴女は今夜、愉しむためにここへ来たのだ」
愉しむ―――
妻の両手を拘束して自由を奪った人間とも思えぬ言葉を吐いて、赤嶺はくるりと振り返り、私を見つめました。
「―――お前は壁だ」
出し抜けに、赤嶺はそんなことを言いました。
「だから、動けないし、喋れない。ただそこに在るだけのモノだ」
まるで事実そのままを告げるように、艶のある低音が響き渡ります。
炯炯たる眼光が催眠術師のそれのように、異様な力で私を見据えていました。
催眠―――。実際、この部屋の妖しく変えられた照明の光や、赤嶺の態度はまるで暗示をかける術師のもののようでした。
頭の片隅でそんなことを考えながら、私はどうしても赤嶺の―――メフィストの視線から逃れられずにいました。
赤嶺はそんな私をしばし見据えた後で踵を返し、部屋の隅に片付けられていた卓の上から薄い布切れを摘まみ上げ、もう一度妻の背後に戻りました。
「これから貴女の視界を奪う。貴女がより気兼ねなく、この夜を愉しめるようにね」
赤嶺が囁きかけると、妻は一瞬その意味を考えたようでしたが、すぐにいやいやとかぶりを振りました。
「大丈夫。不安に思うことは何もないとさっき言っただろう。貴女はもう何も考える必要はないし、胸を痛める必要もない」
言いながら赤嶺は妻の肩を抱き、ゆっくりと降り向かせようとしました。
「いや・・・・」
そのことで、妻は先ほどよりも強いあらがいを示しました。
「いや? 振り返るのが? どうしてかな。後ろに彼がいるからなのかい」
芝居がかった口調で言って、赤嶺は酷薄な微笑を浮かべました。
「心配しなくてもいいよ。後ろにいるのは貴女の主人などではない。―――ただの壁だ」
そう告げられた瞬間―――
自らの表情がぐにゃりと歪むのを私は感じました。
なぜなら赤嶺の言葉はただの戯言ではなく、私という人間のすべてを否定し、粉々に打ち砕く言葉だったから―――
赤嶺の言葉に、いっそう妻は抵抗を激しくしました。けれども、男の腕力は、強引に妻を振り向かせました。
恐怖―――
それがその瞬間に私の感じていたすべてでした。今の私という人間を、妻に見られることに対する恐怖、でした。
怯えた妻の瞳が、私を捉えました。
私の背筋に震えが走ります。
妻の瞳が見開かれました。
「ごらん、あそこには何もない。ただの壁があるだけだろう」
赤嶺の囁き声が、どこかで聞こえました。
コメント
復讐ものとか、ちゃんとしたストーリーものを書ける人は、もうこのジャンルを書いて無いのかも。
残ってるのは脳内変態の奴らだけかもね。
でる。書いてる人はそれなりの苦労もあるんだろうが
ホントにつまんないから、「無駄骨」だろね。
それでも「自己満足」てのもあるか・・・(-_-;)
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