弱い鬼 9/20(水) 20:34:48 No.20060920203448
それは結婚して10年目、私が36歳、妻が34歳の時の事でした。
残業で遅くなった私がキッチンに入ると、妻は慌てて涙を拭いて精一杯笑顔を作りましたが、私も涙の理由を聞かずに笑顔で返しました。
なぜ理由を聞かないかというと、この様な事は初めてではなかったからです。
妻はバリバリのキャリアウーマンで、いつも明るく溌剌としていましたが、数ヶ月前から急に元気が無くなり、最近ではこの様に私に隠れて泣いている事が何度かありました。
最初に気が付いた時は心配で訳を尋ねましたが、妻は仕事の関係で悩んでいるとしか答えなかったので、妻の仕事の内容までは口出し出来ない私は、ただ励まして明るく振舞う事しか出来なかったのです。
確かに妻の仕事は忙しくなったように思え、たまにしか無かった泊まりの出張も度々あるようになり、その度に妻から元気が消えていく様に感じたので仕事を辞めさせようかとも思いましたが、子供のいない妻には仕事が一つの生き甲斐になっているところもあって言えませんでした。
そんなある日、私が帰ると妻はまたキッチンで泣いていたのですが、今回は私の顔を見ても笑顔を作って誤魔化す事はせずに、余計大きな声で泣き始めました。
「離婚して下さい」
それは私にとって余りに突然の事だったので、何が起こったのかも分からずに言葉も出ませんでした。
「お願いです。離婚して下さい」
妻の目からは更に大粒の涙が零れ落ち、冗談でない事は分かりましたが、私には別れを切り出されるような心当たりがありません。
心当たりが無いと言っても、勿論今までの夫婦生活は良い事ばかりではなく、特に子供が授からない事にはお互い心を痛めていた時期もありましたが、最近では2人で生きてゆく覚悟も出来、子供のいない生活設計も話し合ったり出来るようになっていました。
「急にどうした。理由を教えてくれ」
「何も聞かないで。全て私が悪いの。どの様な条件でも飲みますから、お願い、離婚して下さい」
私は声を荒げて怒ったり優しく宥めたりして、何とか理由を聞き出そうとしましたが、妻は泣きながら謝るだけで決して言いません。
「急にそんな事を言われても返事など出来やしない。明後日は休みだから、明日の夜ゆっくりと話し合おう」
妻はずっと泣いていて、最後には泣き疲れて眠ってしまいましたが、私は眠る事など出来ません。
『何故だ?他に好きな男が出来た?いや、優香に限ってそれは無い。では何だ?仕事で疲れているのか?』
妻は結婚前からずっと今の会社に勤めていて、主任という立場もあってか、ここのところ土日も出勤する事が多く、泊まりの出張もあったので擦れ違い気味の生活だったのは確かです。
『やはりお互いに忙し過ぎたのが原因だろうか?それとも仕事の事で悩んでいて、何もかもが嫌になった?きっと優香は疲れているんだ』
そう考えると仕事での疲れを理由に、ここ2ヶ月ほどはセックスも断わられていました。
『あの明るかった妻が、ここ数ヶ月で暗くなった。それは確かに妻の仕事が忙しくなったのと比例しているが、だからと言って離婚とは・・・・・。やはり他に好きな男が出来た?いや、それは絶対に無い』
妻の会社は圧倒的に女性の多い職場なのですが、それでも当然男性社員もおり、主任になってからは上司や部下の男性と2人で食事に行く事もありましたが、私は浮気を心配した事は一度もありませんでした。
それは妻が、嘘や曲がった事が大嫌いな性格に由るものです。
しかし気が付くと私は、妻の携帯を握り締めていました。
『見たら駄目だ。夫婦でもプライバシーはある』
そう思いながらも携帯を開けてしまい、バックライトが点いた時は心臓が飛び出そうなほどドキドキしましたが、ボタンを押していました。
しかし私の葛藤を他所に、ロックが掛かっていて見られません。
『どうしてロックしてある?いや、これは俺に見られるのが嫌なのではなくて、何処かに忘れた時に他人に見られない様にロックしてあるだけだ』
しかし次に私がとった行動は、携帯よりも見てはいけない、妻が結婚してから時々つけている日記を探すという行為でした。
私は自己嫌悪で苦しみながらも、まるで泥棒の様に物音を立てずに探し回っていて、綺麗に畳まれた色とりどりの下着の下を見た時、とんでもない物を見付けてしまいます。
『どうして、この様な物が』
それは本来なら飛び上がって喜ぶべき、妻の名前が書かれた真新しい母子健康手帳でした。
最近では子供のいない生活設計を立てていると書きましたが、それは仕方なくであって、本音は妻も私も諦め切れていません。
結婚して3年くらいは、何処に行っても挨拶の様に子供の事を聞かれ、二人とも辛い思いをしました。
二人揃って検査も受け、どちらにも異常はないと言われたのですがそれでも出来ず、神を信じない二人が子宝神社に行ってご祈祷まで受けました。
しかし最も辛かったのは5年を過ぎた頃からで、逆に回りが気を使ってしまい、世間話で他所の子供の話題が出ても、急に話を変えてその話題を避けようとしてくれているのが分かります。
特に妻は、後から結婚した妹に次々と3人も子供が出来た事で、実家に帰っても話題の中心はその子供達になった事から、余り帰りたがらないようになっていました。
結婚10年目にしてその妻に子供が出来たのですから、本来なら夫婦抱き合って、泣きながら喜びを分かち合うところなのに、妻は妊娠を隠して私に離婚を迫ったのです。
私の背筋に冷たい汗が流れ、震える声で妻を起こしました。
「これは何だ!」
最初は状況が分からずに寝惚けていた妻も、徐々に頭がはっきりしてくるのと
同時に、顔が蒼ざめていきます。
「ごめんなさい。離婚して下さい」
「離婚してくれと言う事は、俺の子供では無いのか?」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
体から一気に力が抜けて、私はその場に座り込んでしまいました。
血液型ははっきりしません
最低でも、3カ月しないと
判りません。