弱い鬼 9/23(土) 08:20:26 No.20060923082026
今は興奮していて冷静に話せないのを理由に、後日話をする事にして彼を帰しましたが、真意はこの惨めな状況から早く逃げたかったのです。
「満足か!妻に裏切られ、妻を寝取った男に力でも負けて土間に押え付けられて、惨めな姿を晒していた男を見て愉快だっただろ!」
「ごめんなさい。私が悪いの。全て私が・・・・・・」
翌日、とても仕事に行ける状態ではなく、妻も休んだので色々聞き出そうとしましたが、妻は泣いて謝るだけで何も話しません。
「俺の答えが出るまで暫らく別居しよう。但し俺との事がはっきりするまで奴とは会うな。独りになって離婚について考えてやるから、それぐらいは守れ。俺の事を少しでも可哀想だと思う気持ちがあるなら、そのぐらいの誠意は見せろ。約束出来るか?」
「はい。約束します」
最初私が出て行くつもりでしたが、何も悪い事をしていない私が出て行くのは筋違いだと思い直し、妻を出て行かせる事にしました。
しかしいざ妻が出て行くと、暫らく会社の近くのホテルで泊まると言ったものの、彼のマンションに行ったのではないかと気が気ではありません。
あまりの事に頭がついてゆかず、最初は訳も分からずただ怒りを露にしていた私も、冷静になってくると妻を失う現実を知り、情けない事に声を出して泣き続け、いつのまにか眠ってしまいました。
朝になると、妻のいない殺風景な家に更に寂しさが募ります。
その日の午後、私が何も考えることが出来ずに窓から外の風景をぼんやりと眺めていると、家の前にドイツ製の高級車が止まり、降りてきたのは彼でした。
「子供が生まれるまでに結婚したい。離婚しても半年は籍を入れられないから、一日も早く別れて欲しい」
「勝手な事を言うな!」
「俺達のした事が許されない事だと分かっている。でも子供に罪は無い。生まれるまでに、本当の父親と母親が夫婦になっていてやりたいんだ。頼む。離婚してくれ」
「俺は離婚などしない」
「愛し合った仲でも、時が経てば気持ちは変わる。以前はあんたを愛していたかも知れないが、今あるのは長年生活を共にした情だけで、優は俺を愛している。この気持ちは誰にも邪魔出来ない。例え法律がどうであろうと、気持ちまでは縛れない」
子は鎹と言います。
私達に子供がいれば、また違ったと思うのですが、逆に妻とこの男に子供が出来た今、私に勝ち目はないと思いました。
しかし私は妻を諦め切れません。
子供さえ出来ていれば、もっと強い絆があったはずだと思われるかも知れませんが、私達には相手だけを見詰め、二人だけで生きてきたという、また違った強い絆があったのです。
『これは間違いだ。ふとした気の弛みでこの男と関係を持ってしまい、間違って子供が出来てしまっただけだ』
この期に及んでも、妻は私を愛してくれていると信じたいのです。
「お前の子供だと決まった訳では無い」
「他に考えられるか?10年も子供が出来なかった優が、私と関係を持ったらすぐに妊娠した。どう考えても明らかだろ」
そんな事は分かっていました。
私自身、彼の子供に間違いないと思っていましたが、だからと言って妻を連れてゆけとは言えないのです。
「本当に優香を愛しているのか?」
「当たり前だ。あんたよりも数倍愛している」
「そうかな?愛しているなら、優香が困る事は出来なかったはずだ」
「困っている?あんたの前では困っている振りをしているのか?俺の前では、念願だった子供が出来て喜んでいるぞ」
「それは嘘だな。優香はそんな女じゃない。おまえは優香の事を何も知らないらしいな」
すると彼は険しい顔になって私を睨みつけながら、妻に対する想いを話し出しました。
前にも書いたように彼と妻は兄弟同然で育ったのですが、中学に上がった頃から妻に対しての想いは、異性に対する想いに変わっていったと言います。
しかしその想いを打ち明ければ、今までの関係が崩れると思って言い出せず、ずっと我慢していたのですが、高校生になって妻が引っ越して行くと分かった時、思い切って打ち明けました。
しかし結果は、妻は冗談としか取らず、彼もまた「勿論冗談だ。冗談に決まっているだろ」と気持ちを押し殺してしまいました。
「俺は優とずっと一緒にいたくて、優が何処の高校に行っても同じ学校に行けるように必死に勉強した。おかげで勉強では校内一になったから、優と同じ高校に行く為に、親や担任の反対を押し切って、わざと一つランクを落として優と同じ高校に行った。勿論大学も同じ所へ行きたかったが、俺の家は裕福では無かったので、私立でおまけに自宅からは通えない、こちらの大学は無理だった。だから俺は必死でバイトして交通費や宿泊費を稼ぎ、休日は必ずこちらに来て、ずっと優を見守っていた。しかし優は俺の気持ちなど知らずに、すぐに同じ大学の先輩のあんたと付き合い始めた。付き合い始めて半年ほど経った頃、優があんたとホテルに入って行くのを見て、あんた達が出てくるまで寒さに耐えながら、3時間も外で待っていた俺の気持ちが分かるか」
彼が私達をずっと尾行し、隠れて見ていた事を全く気付きませんでした。
「優はあんたと腕を組んで歩き、楽しそうに笑いながら食事して、その後必ず優のアパートかホテルに行く。そんな優を、俺がどんな気持ちで見ていたか分かるか?」
「十数年前の、遠い昔の話しだ。今更何を」
「遠い昔?俺には昨日の事の様に思える」
「それなら正々堂々と、優香に告白すれば良かっただろ」
「勿論そうしたかった。でもその頃の俺は自信が無かった」
彼は私に対して、コンプレックスを覚えていたと言います。
「俺には金も無ければ力も無かった。あんたの様に背も高くないし、顔だって・・・・。誰が見ても優にはあんたがお似合いに見える。だから俺は決めたんだ。高校の同窓会までに変わろうと。卒業して15年後に開かれる事が決まっていた同窓会までに変わろうと。それまでに変われれば、優に告白しようと」
昨年妻が高校の同窓会に行ったのを思い出すと同時に、彼の妻に対する想いの深さを知って、恐怖感を覚えました。
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