[1033] マラソンを愛する妻4 投稿者:スポーツトレーナー 投稿日:2003/08/06(Wed) 01:42
ある日の午後、私は再び銀行のグランドに足を運んでいた。監督がスグ私のところに飛んできた。監督は、妻の恩師である。妻にいやらしいことを、たくさん教えた先生でもある。私と結婚してからも、妻を呼び出し、苦しめ続けた。先週、少し脅した。自分の立場を理解しているなら、妻には、もう電話をするなと、10才も年上の監督を叱った。
ベンチに座ると監督は、現在の選手の状況や銀行の運動部の厳しさなどを語った。私はそんなものに何の興味も無い。
突然監督が、練習している選手を呼んだ。妻と同僚の京子さんだった。「ご無沙汰しております。裕子(妻)さん、はお元気ですか」と挨拶をしてくれた。私たちの結婚式にも出てくれた。
「京子さんは相変わらず、がんばりますね」と言うと「もう、おばさんなんで、引退でーす」と。「27才でおばさんなら、高橋尚子さんは、どうなるの?」と聞くと「あの方は、オバケさんです。」と言って走って行った。
監督に「京子さんとも、ヤッタの?」と聞くと「まいったなあー、もう勘弁してくださいよ」と頭をかいた。
人の妻とヤッテおいて、勘弁しろは、ないもんだ。
私は訪問の訳を話した。妻は以前、オリンピックを目指し頑張っていた。現在も毎日10キロを走っている。競技のことが、頭から離れない、などと話をした。合併で無くなった○○銀行のユニフォームなど、もう身に付けたくないらしい、と。
「監督、妻に新しいユニフォームが欲しいんですよ。私をユニフォームフェチにしたのは、監督ですよ。」と言ってやった。
結婚前も、結婚後も、妻に競技用のユニフォームを着せて走らせ、
汗だらけのカラダやユニフォームを舐めまわしたのは誰だ。
(私がもう見たくないのだ。監督が舐めまわしたヤツなど、もういい!!、お古は妻で十分だ)
「妻に“全日本”のユニフォームをプレゼントしていただけませんか。出来れば、セパレートのヤツも含めて2着。」
監督は驚いて顔を上げた。陸上に詳しい方なら、ご存知かと思うが、シドニーオリンピックのマラソンで、高橋尚子選手や市橋有里選手、山口衛里選手が着ていたあのユニフォームである。
通気性に富み、生地も最高の品質だった。
ランニングシャツは白のメッシュで、右から左へナナメに赤のラインが入り、うれしいのは、へそ丈のサイズだった。走るとチラチラへそが見えるのだ。パンツは真っ赤でサイドに白のラインが2本入っていた。セパレートタイプは陸上選手で4人だった。
1万メートルの弘山選手、100m障害の金沢イボンヌ選手、走り高の太田陽子選手と今井美希選手だけだった。(それにしても、お父さんが黒人の、金沢選手のカラダとユニフォームは忘れられません。)
この、ユニフォームは水着と同じで、もちろんへそ出しです。
カラダの線がモロに出るので、カラダに自信の無い選手は絶対着れないものでした。このユニフォームのオフィシャルスポンサーは
○シックスでした。
監督は頭を抱えていた。「現在の会社のモノなら腐るほどあるけど」と言ったので、「○○○銀行ね、それは、うちにも無いから2~3着入れておいてよ。あっ、それから、妻のサイズは良く知っているよね。」と最後の言葉を残すとグランドを後にした。
あれから2ヶ月も経っていたので、ユニフォームのことなどすっかり忘れていた。入手出来なければ仕方が無いと思っていた。それほど難題を吹っかけたのだ。監督にすれば100万円の金でも出したほうがスッキリしただろう。夜遅く帰ると、私宛に小さなダンボール箱が送られてきた。発送元は○○○銀行陸上部だった。
「あなた、何をしたの!」と妻が血相を変えて叫んだ。
「開けてみよう、開けてみれば、分かる」と穏やかに言った。
中には、約束の“全日本”が入っていた。メッシュのランニング、
赤いパンツ、そして、あこがれのセパレートの上下。どうでもよかったが、○○○銀行のユニフォームが3着も入っていた。
はしゃぐ私を尻目に妻は呆然としていた。
「オレはお前のために、お前のために」とつぶやくと、「ばかね、ばかね、あなたって」と言いながら“全日本”のユニフォームを手に取ると泣き出した。そして、恐る恐る「ジョギング、行く?」と言うと「いこっか!」と“全日本”を持って脱衣所に行った。
まもなく、私に“全日本”をゆっくり見せもしないまま、マンションを飛び出し、○元公園に走って行った。
後を追いかけた、スゴイ、ペースだ。1キロ、3分を切る、スゴイ、ペースだ。“全日本”の後ろ姿がだんだん小さくなって行った。いい妻だ、なんていい妻だ、私の妻は“全日本一”の妻だ。
涙が溢れてとまらなかった。
最愛の妻に捧げます
君駈ける 風を誘うか道野辺に 色もゆかしき 矢車の花
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