WR 1/11(木) 18:21:41 No.20070111182141
「どうしてってそれは……旅行に招待してくれたお礼だって……」
「それであんな派手な下着を?」
「わ、若い人たちにとっては下着を送ったり送られたりすることは特に珍しいことではないそうですわ」
「そうなのか? あまり聞いたことがないな」
私は首をひねります。
「今度婦人もの下着担当のバイヤーに聞いてみるよ」
先に述べたとおり、私は通販会社の役員をしていますので、婦人ものの下着は重要な商材です。若い人の間に下着のギフト需要があるのなら利用しない手はない、といった程度の軽い発言でしたが、それを聞いた妻の顔色が明らかに変わりました。
「く、久美さんの冗談かもしれません。あまり本気にとらないでください」
「もちろんわかっているよ。どうした、やはりいつもの香澄と違うな」
「そうですか……」
妻は私の視線を避けるように顔を伏せます。
「……少し疲れましたので、休ませていただいてよろしいですか?」
「ああ、二泊三日も若い人のペースに合わせていたんだから、疲れただろう。ゆっくり休めばいい」
「ありがとうございます」
妻は頭を下げると寝室に行きます。私は妻の態度になんとなく釈然としないものを感じながらも、仕事の都合で夫婦の旅行をキャンセルしてしまったという申し訳なさもあり、それ以上妻を問い詰めることはしませんでした。これが結果的には大きな判断ミスとなるのですが。
その後、社長は退院してきましたが、身体の方はすぐには回復しないようで、私が担当する業務量も以前よりはかなり増えました。必然的に毎日の帰りも遅くなります。
夫婦二人の生活になったのだから妻の精神状態をもっとケアしなければいけないという気持ちはあるのですが、なかなか周囲の環境が許してくれません。夏休みには、ゴールデンウィークに行けなかった温泉旅行の仕切り直しをしなければと思っても、先の予定が立たない状況にあります。
一時気分が沈んでいた妻も、次第に明るさを取り戻すようになりました。それと同時に今までにはないような明るい色のものやミニスカートまで身に着けるようになったので驚きました。
「ずいぶん洋服の趣味が変わったな」
「あら、そうですか?」
妻は何がおかしいのかコロコロ笑います。
「久美さんが選んでくれるんです。私くらいの年齢になったら明るいものを身に着けたほうが老けて見えなくていいって」
「久美さんと買い物にまで行くのか」
「はい」
妻は微笑して私の顔を見ます。私は妻のヘアスタイルも以前とは違っているのに気づきました。長さはほとんど変わらないのですが、ウェーブがかかり、色も明るくなっています。
「美容院に行ったのか?」
「あら、気づかなかったのですか」
妻はくすくす笑います。
「一週間前からこの髪ですよ」
「そうか……気づかなかったな」
「あなた、ここのところずっと忙しかったから」
「そうだな……」
妻をケアしなければいけないと頭で思っていても、ヘアスタイルが変わったことにすら気づかないのは情けない話です。
「それも久美さんの影響か?」
「久美さんが知っているヘアスタイリストを紹介してくれたんです」
「そうか……」
妻が明るくなったのはいいことですが、反面、私が知らないうちに妻がどんどん変わってくるような気がして、説明のつかない不安が高まってきました。その不安が大きくなったのは夏も近づいたある日のことです。いつものように二人の食卓で妻が口を開きました。
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