とんぼ 9/12(火) 00:04:18 No.20060912000418
私が三十八歳の頃の話です。
当時、妻の君恵は二歳年下の三十六歳。専業主婦をしていました。
君恵は若い頃に父親を失くして以来、病気がちの母親(私と結婚する頃にはもう亡くなっていました)と幼い弟を抱えて苦労してきました。そんな家庭事情のせいか、そもそもの性格か、君恵はなんとなく母性を感じさせる女でした。私のほうが年上なのに、彼女といるとお袋と一緒にいるような温かみを感じるのです。出会った当初のまだ二十代の頃からそうでしたから、筋金入りです。よくいえば良妻賢母型、わるくいえば所帯じみた女でした。
先に良妻賢母型と書きましたが、その頃私たちの間にはまだ子供がいませんでした。君恵は身長が低く(150ちょっとしかありません)、丸まった身体つきをしています。尻と胸が豊かに張り出して
いますが、脂肪がついているわけではなく、腹も脚もきゅっと締まっています。典型的な安産体型ですが、いっこうに子供が出来る気配はありませんでした。私は特に子供に執着はなく、出来るときには出来るだろ、と呑気に構えていましたが、君恵は早く子供が欲しいとよく訴えていました。いつだったか、誕生日プレゼントに何が欲しいと聞いたら、「子供」と答えられてぎょっとしました。
それはともかく、事件の発端は結婚八年目の年のある日曜日でした。季節は春です。
その日の昼間、私は休日だというのにどこへも行かず、自宅の居間でテレビを見ていました。君恵は長年の習い性なのか、いつも身体を動かしてせっせと働いていないと落ち着かないたちなので、怠惰な日を過ごす亭主を放っておいて、朝から家の掃除やら草むしりやら花の手入れやらをやっていました。もし私が金持ちで自由に家政婦を雇えたとしても、君恵は嫌がったでしょう。もし私が金持ちで広い邸宅と庭を持っていたら、君恵はせっせと掃除や草むしりや花の手入れをやっていたでしょう。そんな女でした。
テレビに飽きた私はごろりとソファに横になりました。季節は春、暖かい陽光が眠気を誘います。
私はうとうとしながら、窓の外に目をやりました。窓越しの庭では、君恵が洗濯物を干しています。ムチムチと揺れる、肉感的な胸と尻を眺めているうちに、私はおかしなものに気づきました。
生け垣の間で、何かが日の光を反射してキラキラ輝いているのです。私はしばらく目を凝らしましたが、どうにも不審なので様子を見に行きました。
私たちの家は団地からちょっと離れた小高い場所にぽつんとあり、小さな山の崖を背にして建っています。隣家はありません。
玄関を出た私は、洗濯物を干しながら君恵が呑気に歌う鼻歌を聞きながら門の外へ出て、問題の生け垣の場所まで回りました。
いました。カメラを生け垣に押し付け、熱心に覗いているまだ若そうな男が。
私がゆっくり近づいていくと、男はすぐにそれと気づき、慌てた顔でぱっと逃げ出しました。私も咄嗟に後を追って走り出しました。
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