とんぼ 9/14(木) 22:53:04 No.20060914225304
君恵と友春が抱き合っているところを盗撮した写真は、およそ一ヶ月前の平日でした。友春は二十台半ばになった今も特に定職に就かず、気ままなフリーター暮らしをしているので、今までもこうして平日に姉を訪ねてくることはあったのでしょう。
それはいい、それはいいとして、この写真は何を意味しているのでしょうか。これがもしまったく見知らぬ男であったなら、私は思いもかけぬことで妻の浮気を発見した夫ということになります。
しかし、眼前の写真で妻と抱擁をかわしている相手は、彼女の実の弟でした。
これは単に血を分け合った姉弟同士の戯れ? 愛情表現? それとも・・・・。
私は様々なことを考えてパニックになりそうでしたが、タナカの手前、ことさら平静を装って写真を見ていきました。
つい十日前ほどの写真に、もう一度友春は登場していました。場所はおそらく神戸の繁華街でした。君恵と友春はふたりでショッピングを楽しんでいるようです。驚いたことに二人は手をつないでいます。いくら姉弟にしても、二人の年齢を考えれば、異常な光景といえます。私は思わずぼんやりとして、その写真に見入りました。よく見ると、その写真の君恵の指には結婚指輪がありませんでした。
以前にも書いたとおり、君恵の家は父親が早くに亡くなっており、母親も病気がちだったので、君恵が一家の中心となって家庭を切り盛りしてきました。弟の友春にとっても、姉の君恵は母親がわりだったようです。
私が初めて友春に会ったとき、彼はまだ十代でしたが、家庭の事情ですでに就職していました。逞しい身体つきに男っぽい容姿をしており、その年頃の青年にしてはかなり大人びているように見えましたが、私に対する態度はそうでもありませんでした。
どうも友春は私を嫌っているようなのです。特に態度にはっきり出すわけではないのですが、言葉や仕草の端々に私への敵意が感じられました。
後で考えれば、友春にとって私は最愛の姉であり、母親代わりでもあった姉を奪った憎い奴だったのでしょう。
君恵は弟と夫の微妙な不和を知ってか知らずか、特に二人を仲良くさせようと気を遣ったりするでもなく、淡々として私の前では妻、弟の前では姉であり続けていました。私と結婚してからも、ことあるごとに弟のもとへ行っては食事を作ったり掃除をしたりと世話を焼いていました。
かなり前のことですが、あるとき君恵がぽつりとこんなことを言いました。
「ねえ、あなたが友春くらいのとき、どんな感じだった?」
「どんな感じって」
「女の子とかには興味あった? エッチなこととか」
「当たり前だろ。あれくらいの年頃で興味がないほうがおかしい」
「でも、友春ってちっともそんなことに興味がなさそうなんだけど。付き合ってる女の子がいるっていう話を聞いたこともないし」
「君に話さないだけじゃないの。友春くん、顔もかっこいいし、背も高いし、女の子にもてるタイプだと思うけど」
「そうなのかなあ」
君恵は納得いかないふうに、首を傾げていました。
私は写真を見ながら、なぜかそのときの会話を思い出し、背中にじっとりと厭な汗をかいていました。
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