WR 1/14(日) 18:03:43 No.20070114180343
久美さん、村瀬、妻の三人を前にして私はひどく戸惑っていました。
息子と娘のような男女、そして妻を前にしていると、どうやっても妻とその間男を追及するという気分になりません。妻を寝取られた男、というのは客観的に見てかなりみっともない姿だと思いますが、その相手が自分の息子よりも年下、しかもガールフレンドの付き添いでやってきているのです。現在の構図は相当間が抜けているような気がして、どうにも闘志が湧いて来ないのです。
そうは言ってもこのまま黙って坐っていても話は進みません。とりあえず私は追求の口火を切ります。
「君は、妻のことを一体、どう思っているんだ」
私は村瀬に尋ねます。私の言葉に村瀬がじっと伏せていた顔を上げました。
「僕は渡辺先生……いえ、香澄さんのことを愛しています」
「愛している?」
私は村瀬の真剣な表情を呆れた思いで見つめます。
「妻は君の母親のような年齢だぞ」
「年齢は関係ありません」
きっぱりと告げる村瀬に、私は言葉を失います。隣りの久美さんは村瀬と私の顔を交互に見ていましたが、やがてソファから立ち上がりました。
「あの……私、お茶をお入れします」
「そんなことしなくてもいい」
「いえ、ご主人にだけです」
妻が腰を浮かそうとするのを久美さんは「大丈夫です、場所はわかりますから」と制止します。
久美さんは私が妻に嫌悪感を持っているのを察し、妻の入れるお茶は飲まないだろうと考えたのだろうか……私はこの修羅場とも言うべき場面でそんなことを考えています。
「愛しているからといって、人の妻に手を出していいのか? 不倫が不法行為であることくらいわかる年だろう」
「もちろんわかります。ですから、ご主人には本当に申し訳ないことをしたと思っています」
村瀬は再び深々と頭を下げます。
「申し訳ないとは思うのですが、好きになった感情はどうしようもありません。2年前に、はじめて香澄さんの教室にフルートを習いに行ったときから好きでした。人の奥さんだからということで必死に自分の感情を殺してきました」
「それがどうして今になって妻と関係を持ったんだ?」
「香澄さんから、この春に息子さんの手が完全に離れて、親としての責任は果たすことができると聞いていたので……これで香澄さんは自由になれるのではと思いました」
「自由になれる?」
自分の息子のような男を相手に声を荒げるつもりはありませんでしたが、村瀬のこの言葉に私の感情は波立ちます。
「僕が妻の自由を縛っているというのか?」
「いえ、そういう意味では……」
村瀬は言葉に詰まります。
「……すみません、ある意味ではそうです。既婚者が恋をしてはいけないというのは、そのせいで家庭が壊れると子供が傷つくからだと思います。香澄さんの息子さんはもう子供ではありませんから、自分の人生は自分で選択できるのではないかと思いました」
「何を偉そうなことを言っているんだ。君に結婚生活の何がわかる」
私は村瀬の勝手な言い分に、声が大きくなるのを抑えることが出来ませんでした。
「君は妻をいったいどうするつもりだ?」
「一生をかけて愛していくつもりです」
「馬鹿な……君と妻がいったいいくつ年が離れていると思っているんだ」
「25歳です」
「妻は君とは結婚しないといっているぞ」
「知っています」
「それなのに、どうやって愛していくんだ。君は一生結婚しないつもりか」
「……結婚はすると思います」
「どういうことだ?」
私は怒りよりも呆れた気分の方が先に立ちます。
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