WR 1/14(日) 18:14:17 No.20070114181417
私は村瀬、妻、そして久美さんの顔を順に見回します。私は極めて常識的なことを話しているつもりですが、今この場では私は少数派、異端者なのです。ひょっとして自分こそがおかしなことを言っているのではないかという気持ちになって来ました。
「君は今22歳だったな」
「はい」
「あと20年後でも、君は42歳の男盛りだ。その時、妻は67歳だぞ。どうやって愛するんだ?」
「67歳でも大丈夫です。愛せると思います」
「もっと年を取ったらどうする?」
「それは、ある時以降は男と女として愛し合うことは出来なくなるかもしれませんが、香澄さんの面倒は一生見ますし、寝たきりになったら介護もします。僕には母がいませんから、母を介護するつもりでいればどうということはありません」
「……」
「将来は、僕と香澄さん、そして久美と久美の恋人の4人が家族のように暮らせていけたらと思っています」
まさにああ言えばこう言うという感じです。攻め口がなくなった私は気持ちを落ち着かせるために珈琲カップに手を伸ばします。そのとき、視界の隅で村瀬が久美さんと素早く眼差しをかわし、微かに笑いあうのが見えました。
(こいつら……)
村瀬と久美さんは事前に想定問答を組み立て、シミュレーションを行っているのだと感じました。妻から私の性格も聞いており、少なくとも久美さんがいる前では滅多なことで激昂したり、暴力をふるったりする男ではないというのも計算づくなのかも知れません。
「それで、君の望みは何だ?」
「僕個人は特にありません。強いて言えば愛する人の望みをかなえたい、というのが望みです」
村瀬の言葉に妻の表情がぱっと明るくなったので、私は激しい嫉妬を感じました。「こんな陳腐なセリフに浮かれやがって」と、妻に対して腹立たしい気持ちになります。
しかし感情は昂ぶるのですが、同時にどこか冷静になってくる自分がいます。村瀬の世迷言のような言い分を聞いているうちに日頃の仕事での交渉力が目を覚ましたようです。
「わかった、それじゃあ整理するが、香澄は俺と離婚したい。離婚する理由は俺と結婚したままで村瀬と付き合うわけにはいかないから、ということでいいんだな」
妻は一瞬戸惑ったような表情を浮かべますが、村瀬が頷くのを見て「はい」と返事をします。
「村瀬君は俺に対して不法行為をしたということは認識しており、その償いをしたいということでいいな?」
「はい」
村瀬は即答します。
「久美さんは村瀬と妻の不貞行為、つまり共同不法行為の共犯者だということを認める、それでいいな」
私が久美さんに向かってそう言うと、久美さんはいぶかしげな表情を浮かべます。
「あなた……久美さんは……」
「お前は黙っていろ。俺は今、久美さんと話をしている」
私がピシャリと決め付けると、妻は黙り込みます。
「どうなんだ、久美さん。さっきあなた自身が認めたことだ」
私が更に言い募ると久美さんはむきになったように表情をこわばらせ、こっくり頷きました。
「そういうことでいいです」
「わかった、それじゃあ、俺の考えを言おう」
私は三人をゆっくり見回します。
「香澄が別れたいといっている以上、みっともなく引き止めるつもりはない」
三人の顔がぱっと明るくなります。
「いいんですか? あなた」
「黙って話を最後まで聞け」
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