WR 1/28(日) 22:24:00 No.20070128222400
「そんな……」
「俺は香澄と別れたら、いずれ新しいパートナーを探すつもりだ。香澄もそうしろといってくれただろう」
「はい……」
「仮に2人が俺を結婚式に呼んでくれるのなら俺はその新しいパートナーと一緒に出席したい。今誰か特にあてがあるわけではないが、そういった場合普通は前妻とは顔を合わせたくないだろう。周りからいい笑いものになるのが落ちだ」
妻は悲痛な表情を私に向けます。
「香澄は前に、どうして俺が一線を超えるつもりがないのに自分を抱くのかと聞いたな。俺はその時分からないと答えた」
「はい……」
「今ならその答えが分かる気がする。俺は香澄を忘れようとしているんだ。25年間の夫婦としての記憶、31年間の二人の記憶を自分の中から消し去るために香澄の身体を抱く、しかし、絶対に最後までは行かない。俺はその空しい行為で少しずつ香澄に別れを告げているんだ」
妻は顔を覆って泣き始めました。
「俺は香澄をまだ愛している。香澄も俺のことを嫌いになったわけではないと言った。そんな男と女が別れるというのはそういうことではないのか。互いに未練を残せば、新しいパートナーに対して失礼だ」
「私たちは、良い友達でいられないんですか……」
「それは無理だ」
私は冷たく言い放ちます。
「俺は香澄と良い友達になろうなんて思ったことは一度もない。高校生のときに香澄と始めて出あったとき、香澄のフルートの音色を始めて聞いたときから俺は香澄を自分のものにしたいと思っていた。それはこの30年以上変わっていない」
妻は真っ赤な目を私に向けました。私は何故か唐突に高校1年のとき、妻に部室の裏に呼び出されたときのことを思い出しました。妻が私に転校しなければならないことを告げたときです。あの時の妻の目も真っ赤にはれていました。
「俺は香澄を友達にすることは絶対にない。俺にとっての香澄は恋人か妻でしかない。香澄と別れるからには、俺は香澄は死んだものと思うことにした。死人と会うことは絶対にない」
私はそう言うとダイニングを出ました。妻の泣き声が背後で大きくなるのがわかりました。妻は始めて私と別れることに意味を知ったのかもしれません。
その後、村瀬は相変わらず妻を執拗に誘っていましたが、妻は頑として応えなかったため自然に2人は疎遠になり、妻がミクシイにアクセスすることは何時の間にかなくなっていきました。興信所の調べによると、村瀬と久美のデートの回数は増えてきているようでした。
私は相変わらず妻を抱きますが、決して一線は超えません。妻は私に愛撫されている間は我を忘れたように快感に浸っているようですが、行為が終わると必ず悲しげに声を殺して泣きます。私がその行為によって妻に対して別れを告げていると言ったことが堪えているのでしょう。
2月に入ると村瀬と久美はすっかり恋人同士になったようです。結果的には妻が身体を張ってキューピット役を務めたということでしょうか。バレンタインデーが近づいてきても、村瀬が妻にアプローチすることはありませんでした。村瀬に対する復讐の時期が近づいていることを感じた私は、ある土曜日の夜妻に対して告げました。
「明日の日曜日に、村瀬と久美を呼べ」
「えっ?」
妻は驚いた表情を私に向けます。
「どうしてですか?」
問い掛ける妻に、私は興信所の報告書を三冊テーブルの上に置きました。妻が息を呑むのが分かりました。
「まだ約束の半年まで3ヶ月近く残っているが、そろそろ終わりにしたい」
「あなた……」
「野球でもコールドゲームというのがあるだろう。これだけの証拠が揃っているんだ。おまえ達の負けだ」
「待って、あなた。お願いです……話を聞いて」
「話なら明日、三人が揃ったところで聞く。もっとも言い訳以上の何かが聞けるとも思っていないが」
私はそう言うと立ち上がり、寝室に向かいました。妻はその夜寝室に来ることはありませんでした。
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