WR 1/29(月) 17:30:29 No.20070129173029
次の日曜日の朝9時、村瀬と久美が現れました。リビングのソファに並んで座っている2人とも妻から事前にある程度の事情を聞いているのか、緊張に顔を強張らせています。
妻もまた緊張した顔つきで紅茶のポットとカップを運んできます。私は妻が人数分の紅茶を注ぎ終わるのを確認すると、妻に「そこに座れ」と村瀬たちの隣を指差します。
「君たちに会うのはもう少し先になるかと思っていたが……」
私が話を切り出すと3人ともはっとした顔つきになります。
「3人とも約定違反だ。約束したことは守ってもらう」
村瀬が口惜しげに顔を伏せます。久美は何か言いたげに口を開きかけましたが、私が睨むと村瀬に倣って顔を伏せました。
「村瀬君の分担は5000万円のうち3000万円だ。来週の土曜日までに用意しろ。いいな?」
「あなた、待って。村瀬君は……」
「香澄は黙っていろ。お前には別に話がある」
私に叱咤されて妻は口を噤みます。私は妻が村瀬のことを「真一さん」ではなく、「村瀬君」と呼んでいることに気づきました。
「5000万円は全額僕が用意します」
村瀬は顔を上げると挑戦的な目を私に向けました。
「ですから、香澄さんを自由にしてあげてください」
「夫婦のことに口を出すな」
「ご主人は本来香澄さんのものである2000万円もの財産を取り上げようというのでしょう? その上香澄さんを奴隷のように自分の元に置き続けるつもりですか?」
「香澄をどう扱おうが俺の自由だ。それにこれは香澄が自分で約束したことだ」
「ご主人は金が手に入ればいいのでしょう? その上香澄さんを縛り続けようというのですか?」
「ああ、その通りだ」
私は怒声をあげて村瀬を睨みつけます。
「ぐずぐず言わずに約束どおり金をもってこい。5000万円の金をここに並べることが出来れば君の要求を考えてやってもいい」
「あなたは最低だ!」
村瀬は立ち上がって叫び声を上げます。
「お望みどおり、5000万円叩きつけてやる」
「真一さん……」
久美が村瀬を見上げました。
「心配するな、久美。年末から会社の株価が上がって、僕の持ち株の評価は1億円をはるかに超えている。香澄さんが僕たちのためにしてくれたことを思えば、5000万円くらいどうということはない」
その言葉を聞いた妻は一瞬はっとした表情を村瀬に向け、すぐに顔を伏せました。
村瀬は憤慨しながら帰っていきました。久美はさすがに帰り際、すまなそうに妻に頭を下げましたが、私に対しては詫びの言葉はありませんでした。
2人が帰った後、リビングには私と妻だけが残されます。妻がおずおずと口を開きました。
「あなた……」
「お前との話は、あの2人のことが片付いてからだ」
「ごめんなさい……」
妻は顔を伏せて涙を流し始めます。
「謝らなくてもいい」
「でも……」
「2人で過ごせる時間もあと少しだ。紅茶のお代わりをくれ」
妻は無言でうなずくと、ポットの葉を新しいものに取り替えました。アールグレイの紅茶は妻も私も一番好きなものです。私は妻の啜り泣きを聞きながら、熱く香りのよい紅茶をゆっくりと味わいました。
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