WR 1/30(火) 12:50:46 No.20070130125046
私たちの離婚が成立し、妻が家を出て行ってから2カ月以上の時が経ちました。5月に入ったばかりのある日、企画課の加藤有花が私のデスクにやって来ました。
「社長、お客様です」
「社長はやめろと言っただろう」
「何を言っているんですか。今月からは本当に社長でしょう」
そうでした。あれから社長のヘルニアは思わしくなく、5月1日付で社長は会長に就任するとともに、私が後任の社長となったのです。
「午前中は約束はなかったはずだか」
「村瀬さんという方です」
「村瀬?」
私は顔を上げます。
「社長と同じくらいの年齢ですよ。ご存じないのですか」
「ないな……いや、やっぱりあるかな」
「どっちなんですか、もう。A応接にお通ししています」
私が応接に入ると、村瀬と名乗る男は立ったまま私を迎え、深々とお辞儀をすると名刺を差し出しました。
「エムファクトリイの村瀬です」
「渡辺です。どうぞおかけください」
「失礼します」
男は座るなり、いきなりテーブルに擦りつけんばかりに頭を下げました。
「渡辺さん、私の息子が渡辺さんに対してとんでもないことを致しました。どうか、お許しください」
私はしばらく呆気に取られて村瀬の父親を眺めていましたが、やがて口を開きます。
「村瀬さん、頭を上げてください」
「息子の躾を間違いました。母親がいないからとつい甘くなって……渡辺さんに大変なご迷惑をおかけしました」
「村瀬さんのせいじゃありません。お願いですから頭を上げてください」
村瀬の父親はようやく頭を上げます。
「私は渡辺さんがなさったことは至極まっとうなことだと思います。大人は自分の発言に責任をもたなければなりません。息子が5000万円払うと言ったのですから払わせるのは当然です」
「それは……」
「息子の話だと、最初に息子と久美さんが貯金をはたいて400万円を払い、その後毎月100万円ずつお支払いすることになっているとか」
「そうです、昨日2回目の入金をしてもらいました」
私は頷きます。
「私は今回の件では一切金銭的な援助をしておりません。息子と久美さんが蒔いた種ですから、自分で刈り取らせるのが筋です。しかし、学生2人で月100万円の金を稼ぐのは至難の業です。息子はいくつもバイトを掛け持ちし、久美さんは夜の仕事までしているそうです」
「そうですか……」
村瀬と久美が自分で汗を流して金を作っているとは少々意外でした。
「しかしあのままだといずれ身体が保たなくなり、支払いが滞る日がくると思います。馬鹿な息子たちですが、やくざな金融業者に追い込みをかけられるのをさすがに親としては黙って見ている訳にはいきません」
「それはそうでしょうね」
村瀬の父親はその私の言葉にすがるように続けます。
「そこで勝手なお願いですが、もしも支払いが滞ったら、息子の借用書を回収業者に売る前に私に買い取らせてはいただけませんか? もちろん元本の残高全額をお支払いします。渡辺さんが息子や久美さんを恨む気持ちはわかるつもりですが、なにとぞ馬鹿な親の頼みを聞いてください」
村瀬の父親は再び頭を下げます。
「村瀬さん……もう私には恨みはありません」
私は机の中から村瀬が書いた借用書を取り出しました。
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