WR 1/30(火) 12:52:41 No.20070130125241
「これはもう必要ありません。彼に渡してください」
「しかし……」
私は借用書を村瀬の父親の手に押し付けるようにしました。
「私にも2人の息子がいます。村瀬さんの気持ちは判ります」
「……ありがとうございます」
村瀬の父親は借用書を受け取ると、何度も頭を下げます。
「渡辺さんは息子に、本来私が教えなければいけないことを教えてくれました。この恩は決して忘れません。もし私に出来ることがあれば何でもおっしゃってください」
村瀬の父親はもう一度深々とお辞儀をすると帰って行きました。デスクに戻った私に加藤が声をかけます。
「どうしたんですか、社長。ぼんやりしちゃって」
「お前のそのタメ口はどうにかならないのか」
「気にしない、気にしない。私と社長、マイミク同士じゃないですか」
加藤はそう言うとケラケラ笑います。
「ところでさっきのお客様、誰ですか」
「エムファクトリイの村瀬社長だ」
「ええ、そうなんですか。あそこのギフト、女の子に人気が有るんですよ。うちでも扱えないかなあ」
「可能性はあるな。バイヤーに話してくれ。俺が話をつなぐよ」
「わかりました。ところで、その村瀬社長って人、社長に似てましたね」
加藤が急に声を潜めるように言います。
「どこがだ?」
「どこがって……全体の雰囲気って言うか……」
「そうかな」
「似てると思うんだけどな」
加藤がいつものように瞳をクルクルさせながら首をひねります。
「そういえば社長、ミクシイ全然やってないですね」
「ああ」
妻と村瀬たちとのやり取りを覗いたのが嫌な思い出となっており、妻と別れて以来一度もアクセスしてことがありませんでした。
「時々社長のページ、見に行くんですがいつまでたってもマイミクは私一人。あれじゃあ面白くないですよ」
「そうだな」
「今度私が一人紹介しますよ。マイミクになってあげて下さい」
「なぜ俺がそんなことをしなきゃならない」
私は気のない返事をします。
「色々と教えてあげたじゃないですか。その借りを返してください」
「あれが借りなのか? まあ、気が向いたらな」
きっときっとですよ、と歌うように言いながら加藤はようやく自分のデスクへと戻ります。一体何の用があったのかさっぱりわかりません。
帰宅すると私は加藤から言われたことを思い出し、久しぶりに家のPCを立ち上げました。妻が使っていたノートPCです。
PCはフルート教室の生徒の管理や、楽譜の作成などにも使うこともあるから持って行くようにと言ったのですが、妻は身の回りのものと愛用のフルート以外はすべて置いて行くと言って聞きませんでした。
受信フォルダに一通のメールが届いていました。差出人は「香澄」。離婚した妻からのマイミクの招待状です。
「ヨーコさんがゆかりんさんのページを探し出し、ゆかりんさんがあなたのページを教えてくれました。あなたは私と友人になることはないとおっしゃいましたが、せめてネット上の存在である『香澄』とならマイミクになっていただけませんか。もしこのメールが不愉快ならば申し訳ございませんが、削除してください」
私は少し考えて香澄の申し出を承諾しました。私の「マイミク」のリストが「ゆかりん」と「香澄」の2人になります。
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