投稿者:バーバラ 投稿日:2005/07/20(Wed) 14:02
妻の浮気現場に乗り込んでいった日の夜のことです。
わたしもようやく心の整理がつき、妻も少し落ち着いてきたようだったので、わたしは夫婦の寝室に妻を呼び、浮気の経緯を聞いてみることにしました。
パジャマ姿の妻は、きちんと床に正座して、首をうなだれさせています。まるでお白州に引き出された罪人のような風情でした。
わたしは聞きました。
「はじまりはいつだったんだ?」
「・・・勇次くんを雇って一ヶ月くらい経った頃です・・」
「どんなことがあったんだ?」
「金曜に勤務を終えて勇次くんが帰ったあとに、彼が財布を忘れていったことに気がついたんです・・・勇次くんは土、日はうちに来ませんし、電話がないから呼び出すこともできません。わたしはその日のうちに財布を彼のうちまで届けてあげようとおもったのです・・・」
若い男の住む家に女ひとりで行く無防備な妻を咎めようにも、わたし自身、勇次の人柄を信用しきっていたので、あまり文句も言えません。
「もちろん、財布を届けてすぐ帰るつもりでした・・・でも、そのとき・・・」
妻はうつむき、くちごもりました。わたしは黙って話が再開されるのを待ちました。
やがて妻は決心したのか、わたしの顔をまっすぐ見つめて話しだしました。
「玄関に出てきた勇次くんは財布を受け取ってから、わたしに部屋にあがって休んでいったらどうか、と言いました。娘も家でひとりで待っていることですし、わたしは断って帰ろうとしました。そのとき、勇次くんがわたしの腕を掴んで・・・」
<奥さんのことが好きなんだ>
そう言ったらしい。
妻は突然の告白に驚いたが、勇次はかまわず、妻をこんこんとかき口説いたという。財布を忘れたのも、妻が届けに来るのを見越してわざとしたのだ、とまで言ったようだ。
最初は呆気にとられた妻も、勇次があまり熱心に、額に汗まで浮かべて熱弁するのに、次第に心を動かされていった。
もともと好感を持っていた若者に、三十八歳の自分が女性として見られているということも、普段は妻として、母として扱われている妻にとっては刺激的なことだったのだ。
「正直に言います。わたしはそのとき、困ったことになったとおもいました。でも心の中では・・・疼くようなよろこびも感じていたんです・・・久しぶりに女として自分を認めてもらったというおもいがあったのだとおもいます」
そう語る妻は真剣な表情をしていた。
「それでその日は・・・?」
「何もありませんでした。わたしは彼を振りきって、家に帰ったのです。でも気持ちまでは・・。わたしはその日、一睡もせずに彼に言われたことや、そのとき自分が感じたことを思いかえしていました・・・隣で寝ているあなたを見るたびに、こんな罪深い物思いはやめようとおもうのですが、気がつくと、また考えているのです」
わたしはそのとき、おもわず拳をぎゅっと握り締めていました。
「次の月曜に彼が店へやってきたとき、わたしはもうちゃんと彼の目を見ることもできませんでした・・・どぎまぎしてしまって・・・でも彼はまるで悠然としていて、勤務中もことあるごとにわたしに意味ありげな視線や言葉を投げてきました・・・」
「・・・勇次はこうおもっていたんじゃないか。この人妻は脈がある、もう少しでおとせる、とな」
怒気のこもった声で、わたしはそんな皮肉を言いました。正直なところ、まるで恋した十代の女の子のように語る妻に、燃えるような嫉妬心をかきたてられていました。
「そうですね・・・そうだとおもいます・・・わたしが馬鹿だったんです・・・ごめんなさい」
「謝らなくてもいいから、先を続けてくれ」
わたしは冷淡な口調でそう言いました。
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