投稿者:バーバラ 投稿日:2005/07/20(Wed) 23:52
アパートに着きましたが、勇次は留守でした。わたしは子供が出来てからやめていた煙草を買ってきて、喫煙しながら、勇次の部屋の前で勇次が帰宅するのを待っていました。
そうしてわたしが煙草をふかしつつ立っていると、大家らしい老人がアパートの廊下を掃きにやってきました。わたしを見て、
「あんた、そこの部屋のひとを待っているのかい?」
と聞きました。そうだと言うと、
「それなら須田君の知り合いなんだな。まったく彼はどうなっているんだい。若くて真面目そうな顔をしているくせに、しょっちゅう、昼間から女を連れ込んでいるよ」
わたしは無理に表情を殺して、老人に、
「へえ、そんなふうには見えなかったな。わたしも彼はよく知らないんだよ。相手の女性はどんな感じだい?」
老人はにやにや下卑た笑みを浮かべると、わたしの近くに寄ってきて、小声で、
「それがねえ・・わたしも一、二度見ただけなんだが、これが品のいい奥様風の女でね・・年は四十より少し前かな・・・もしかしたら人妻かもしれんよ」
「へえ」
無関心を装った相槌を、半ば無意識に打ちながら、わたしの心臓は激しく高鳴っていました。
「人妻だとしたら、やはり不倫なんてのは女の方も燃えるものなのかね。凄いんだよ・・・女の声が。昼間だってのに、隣近所に聞こえるほど、あのときの声がするんだ」
わたしは手に持っていた煙草を口に含みました。自分の顔が真っ青になっているのが分かっていました。
「いきます、いきますー、ってね・・本当に激しいんだよ。須田君もなかなかやり手なんだね。枯れきっちまったわたしなんかからすると、うらやましいかぎりだよ」
老人はなおもしばらく話した後、自分の仕事に戻っていきました。
「あれ?」
物思いにふけっていたわたしは聞き覚えのある声に振り向きました。
勇次が立っていました。
「話がある」
わたしは勇次を睨みつけながら、それだけ言いました。勇次はちょっと戸惑っていたようでしたが、無言で部屋の鍵を開け、わたしに入るように言いました。
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