投稿者:KYO 投稿日:2006/03/09(Thu) 21:06
妻と男の情交の記録を見続けた私は、到底妻とやり直すことは不可
能だと思っていました。妻とは離婚する。子供たちの親権も渡さな
い。財産分与と養育費は相殺して妻を身一つで放り出し、さらに妻
と男に対して慰謝料を請求するつもりでした。
また、私が営々と気づき上げた家庭が崩壊した訳ですから、男の家
庭も崩壊させるつもりです。男の妻に対しても事態を明らかにする
のです。男の妻から私の妻に対して慰謝料の請求があるかも知れま
せんが、それは離婚を決めた私にはもはや関係のないことです。
私は男と対決するにあたって、不倫や離婚にかかわる法的責任につ
いて十分頭に入れて行きました。本当なら妻を奪った男をぶん殴り、
職場にも男の所業を言い触らして男を破滅させてやりたいところで
すが、そうなると私の方が罪に問われかねません。
私の心は男と妻に対する復讐心で一杯であり、男と妻の関係を終わ
らせ、妻とやり直すなどという発想はまったくありませんでした。
私は妻が冷蔵庫にマグネットで貼っているパートのシフト表から、
妻の所属部署と直通電話を調べていました。銀行の始業時間前をね
らって、携帯から電話をかけます。
「お電話ありがとうございます。A銀行融資業務部です」
「そちらにお世話になっている○○の夫ですが、春日健一さんをお
願いいたします」
「次長の春日ですね、少々お待ちください」
春日は喜美子の勤める部署の次長のようです。銀行での出世の早さ
がどう入ったものなのか良く知りませんので、優秀なのかそうでな
いのか分かりかねます。電話が保留にさせる間、聞き慣れたクラシ
ックのメロディが流れました。私は必死で気持ちを落ち着けます。
「はい、春日です」
「はじめまして、私、○○紀美子の夫です」
「ああ、奥様にはいつもお世話になっております」
春日はわざとらしく陽気な声を出します。私は春日の話振りがビデ
オとは違う関西弁のアクセントがあることに気づきます。
(別人か?)
私の胸に不安がよぎります。ビデオの男がなんらかの理由で春日の
ふりをして、妻がそれに調子を合わせたということも有り得ます。
いずれにしても電話では声質もよく分かりません。私はここはあえ
て慎重に下手に出ることにしました。
「実は家内のことでご相談したいことが有ります。お忙しいところ
申し訳ございませんが、少しお時間をいただけないでしょうか」
「ああ、ああ、もちろん良いですよ。いつがよろしいですか」
春日は声に余裕が有るようです。私の不安が膨らみますが、思い切
って切り出します。
「実は今、銀行のすぐ近くまで来ています」
「えっ?」
一瞬春日の声音が変わったようです。
「向かいのビルの地下に、モナコという喫茶店があるのをご存じで
すか」
「……知ってます」
「そこで待っていますので、ご足労ください」
「今からですか?」
春日の声にためらいが見られます。
「さほどお時間は取らせません。お願いします。それでは」
私はそう言って電話を切ります。
男と春日が別人だった場合、私の行為はやや奇異なものと見られか
ねませんが、仮にそうであったとしても男は妻の職場の人間である
ことはほぼ間違いないと感じています。春日から男についての情報
を得ることは可能でしょう。
私はモナコという喫茶店に入り、店の奥の方に席を取り、珈琲を注
文して春日を待ちます。やがて落ち着かない風情で春日が現れまし
た。黒縁の眼鏡をかけ、額がやや上がった腹の出た中年男、間違い
なくビデオの男でした。
私は春日に向かって手を上げます。春日はきょろきょろしながら私
の方に近づき、深々と頭を下げました。
「どうも、春日です。奥様にはいつもお世話になっております」
「いえ、お世話になっているのはむしろ家内の方でしょう」
私は込み上げる怒りを必死で抑えてそういいます。春日は皮肉を言
われているのを感じたようですが、何も言い返せなくて口をパクパ
クさせています。
「お座りください」
私が声をかけるとようやく春日は席に着きました。春日が何かしゃ
べろうとした途端、ウェイトレスが私に珈琲を持って来ました。
「ご注文は」
「あ、こ、珈琲を」
春日は明らかに平静を失っています。ウェイトレスが去ったところ
で私は春日に切り出しました。
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