投稿者:KYO 投稿日:2006/03/09(Thu) 21:12
「珈琲、私もいただいても良いですか?」
またうっかり2人分つくってしまったようです。こんなところで意
地悪をするのも大人気ないと思った私は「ああ」と返事をします。
ソーサーとカップを出して、2人分の珈琲を用意した妻はいきなり
キッチンの床に土下座します。
「あなた、ごめんなさい。許してください」
私はいきなりの妻の振る舞いに驚きましたが、気を取り直して意地
悪く聞きます。
「会ったらすぐに土下座をしろと男から教えてもらったのか」
「違います。本当にごめんなさい」
「そんなことはやめろ。ポーズだけの詫びは見たくない」
私は冷たく言い放ちます。
「お前はもう身も心も春日に捧げているんだろう。奴も独身だから
ちょうど良い。別れてやるから一緒になれ。一生変態プレイで楽し
ませてくれるぞ」
「春日さんと一緒にはなりません」
「なぜだ? 旅行では春日の妻として振る舞ったんだろう。春日紀
美子と宿帳にもサインしたんだよな。ごていねいに記念写真まで撮
りやがって」
私は自分が放つ言葉にどんどん激高していきます。妻は土下座した
まま私の罵声にじっと耐えています。
「お前みたいな淫乱な女を妻にしたのが間違いだった。すぐにこの
家から出て行け。子供にもこのまま会わさん」
「あなた……」
じっと黙っていた妻が顔を上げ、口を開きました。
「あなたに一つだけ質問させてください」
「なんだ?」
妻の思い詰めたような表情に、私は思わず気圧されます。
「あなたは、結婚してから、私以外の女を抱いたことはありません
か?」
「えっ?」
私は予想もしていなかった質問に意表をつかれました。
「答えてください。私一人だけを守ってくれましたか?」
「それは……」
確かに一時、風俗にのめり込んで月に2度も3度も通ったことがあ
ります。私は返事に詰まりました。
「風俗だから良いという考えですか? 春日さんは私にとっては風
俗のようなものです」
「それとこれとは全然違う」
「どこが違うのです? 男の方はお金を払えば欲望を処理出来る場
所があります。女にはそんな場所はありません」
「紀美子の場合は一人の相手、それも会社の上司だろう」
「あなたにも馴染みの女の人はいたでしょう」
「……」
私はぐっと押し黙ります。
「春日を愛しているんじゃないのか」
「愛していません。愛しているのはあなただけです」
「それじゃあどうして春日に抱かれた? 俺が風俗に通ったから、
その仕返しだとでも言うのか」
「そうではありません」
妻はうつむいて涙を流し始めました。
「私は……寂しかった」
妻の涙がポタポタとテーブルの上に落ちます。私は何を言ったら良
いか、言葉を失いました。
「寂しかったから春日に抱かれたのか」
「違います……あなたに、抱かれたかった」
風俗にのめり込んでいる間、それまでも疎遠気味だった妻とのセッ
クスはますます少なくなりました。セックスレスといっても良い状
態です。
しかし私はずっと妻はセックスに対して淡泊であり、それでも不満
はないのだと思っていました。
「あなたが私の醜い姿を見たから、もう私とは一緒にはいられない
という気持ちも分かります。今日はこのまま実家に戻ります」
妻は顔を上げると少し冷めた珈琲をすすりました。
「珈琲、ご馳走様でした。もう、この珈琲も最後になるのですね」
妻はそう言うと立ち上がり、玄関に向かうとそこにおいてあった荷
物を持ち、深々とお辞儀をしました。
「長い間お世話になりました」
そのまま妻は家を出て、私一人が残されました。私は妻に何も声を
かけることができませんでした。
コメント
コメントの投稿
トラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)