投稿者:MMさん教えて 投稿日:2005/01/29(Sat) 21:21
家に帰ると妻はいません。
今まで家計の事はほとんど妻に任せていて、何も知らなかった事を後悔しました。
色々な所を探し、やっとの事で通帳などの入ったお菓子の空き缶を探しだして見て
みると、辛うじて私の給料が振り込まれている、私名義の普通預金に二十四万残っ
ているだけで、定期預金は全て解約されており、妻の給料が振り込まれている通帳
も残高は二十八円しか有りません。
しかも、妻の給料は毎月十五万振り込まれているのですが、毎回当日に全て引き出
されています。
缶の底には、子供の為に毎月掛けていた学資保険の保険証を入れる封筒が有ったの
ですが、これも既に解約されていて、解約時に受け取った金額が書かれた紙が入っ
ていただけでした。
結局我が家に残っているのは、私達の老後の為に長年掛けていた財形預金と、貯蓄
型で無い保険類だけです。
贅沢な暮らしをしていた訳ではなく、それどころか切り詰めて暮らしていたのに、
何に使ったのかも見当がつかず、携帯に電話をすると妻は実家にいました。
今まで実家にいる時は携帯を切っていると言われていて繋がりませんでしたが、
おそらく私が電話して切られていた時は、池村に抱かれていたのでしょう。
抱かれている時は邪魔が入らないように、池村に切られていたのかも知れません。
「今通帳を見た。お金の事で話が有るから、今からそこに行く。」
「ごめんなさい、すぐに帰ります。帰って正直にお話します。」
帰って来た妻は、やはり土下座をしたまま黙っていたので通帳を前に置き。
「説明をしてくれ。何に使った?池村にもお金を借りているだろ?いくら借りてい
る?そんなにどうしてお金が必要だったんだ?」
妻は覚悟を決めて来たのか、淡々と話し出しました。
妻の話によると、義父の会社が上手く行かなくなり、資産も有ったので廃業すれば
良かったのですが、異常にプライドが高く世間体を気にする妻の両親は、親の代か
らの会社を何とか続けようと、工場の土地だけで無く家屋敷まで担保にし、銀行か
ら借り入れをして廃業を間逃れていました。
しかし、景気は一向に良くならず、その上儲かっていた時の贅沢な生活を続けてい
た為に苦しくなり、他所に少し持っていた土地を、懇意にしていた池村に買っても
らったそうです。
完全に池村を信用していた義父は、そのお金も底をついた時に会社をどうするか相
談に行くと、数日後池村は、義父がボンボン育ちで世間知らずな事を良い事に。
「わが街の名士が会社を閉めるのはわしも残念です。銀行の利子も馬鹿にならない
ので、わしの会社が買いましょう。その他に無利子で2千万貸します。買うと言っ
ても名義がわしの会社に代わるだけで、当然そのまま工場を使ってもらって良いし、
お屋敷にもずっと住んでもらって結構です。誰にも売らないのでまた儲かったらそ
の金額で買い取って貰えばいい。これなら世間には知られずに面目も保てる。景気
も徐々に上向いて来ているから大丈夫ですよ。」
「しかし、それでも駄目だった時二千万は?」
「社長とわしとの仲で何を水臭い。他の土地を安く譲ってもらったし、お屋敷や工
場の土地も銀行の評価額だから、実際よりも可也安く見積もって有る。その時は全
てわしが売れば二千万どころか、逆にもう少しお渡し出来ると思います。」
口約束にも関わらず、義父は喜んでこの話に乗ってしまいました。
「ただ、税理士の先生が、二千万もの大金を返済計画も無く無期限で貸しては、税
務署に贈与とみなされる可能性が有ると言うので、借用書には三年後より月々五十
万を返済すると書かせてもらいます。」
「月々五十万円?」
「大丈夫ですよ。その頃は景気も立ち直っているだろうし、もしも駄目ならその時
にまた契約し直し、期日を先に延ばせばいい。」
ホッとした表情の義父を見て。
「それともう一つ、言い難いのですが保証人も付けない高齢の方では弱いので、娘
さんに貸した事にしてもらえと言われまして。なに、これも形だけで娘さんには迷
惑を掛けません。あくまでも形式的な事ですから。」
お嬢様育ちで何も疑わなかった妻も、初めて妻に頭を下げる両親が可哀想で借用書
にサインしました。
池村は無利子の二千万を餌に良い人を演じ、屋敷や工場の土地を安く手に入れ、も
う実家は駄目だと確信していたので、この二千万も回収出来るように、妻が借りた
事にしたのでしょうが、この時初めて妻に会い、妻をいつか自分の物にしようと企
んだのだと思います。
結局その後も会社は上手く行かず、閉めた時には池村への2千万の借金だけが残り
ました。
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