洋子 4/9(水) 16:34:38 No.20080409163438 削除
主人だったのです。主人が二人の前に立ちはだかったのです。
「貴方、どうして此処に?」
主人は私を見ていません。
「佐伯、俺が解らないのか?」
佐伯も主人が解ったようです。二言三言、言葉を交わした後、主人は佐伯の顔面を
拳で打ちます。その後、佐伯の急所を蹴り上げました。佐伯は蛙のような声を出し
その場に蹲りました。
やはり主人は知っていたのです。この場で全て告白したい、そう言う思いに駆られました。
「貴方、聞いて」
「聞く事は何もない、もう帰ってこなくていい。佐伯と乳繰り合ってろ」
「佐伯、お前の女だ。可愛がってやるんだな」
起き上がった佐伯に捨て台詞を残して主人は去って行きました。一瞬私の方を
振り向いた主人の目には涙が毀れていました。
私は主人を追いました。タイトなスカートとハイヒール、主人の足には追いつけません。
「貴方、待って下さい」
精一杯叫んだ声は主人の耳には届いても、心には届かなかったのです。主人は足早に
に人ごみの中に消えていきました。
主人は来てくれました。どんな形にしろ来てくれたのです。連れ戻して欲しかった、
腕を掴んで引っ張って行って欲しかった。でも主人は去って行きました。主人の後姿
に私への決別の印が見えました。秋の風が主人の背広を揺らめかせています。はらはらと
公孫樹の葉っぱが舞い落ちてきます。
主人の後を追わなければと気持が焦っても、後には蹲った佐伯がいます。私は佐伯
の肩を担ってホテルへと戻りました。
「帰るのか」
「まだバレていない筈だ。明日朝ご主人に電話する」
「もう電話しないで下さい。もう主人は知っています、
それで主人が来たのです」
自分の荷物を纏めて新大阪へと急ぎました。駅に着いた時にはもう東京行きはありません。
名古屋停まりの新幹線に乗り、そこから夜行列車で東京まで帰りました。
6時半に家に着きます。主人はリビングのソファーで上着を脱いだだけの姿で眠って
いました。テーブルにはウイスキーの瓶とグラスが置かれています。私の事を考えて
酔い潰れて眠ってしまったのでしょうか。暫くその姿を眺めていました。自然と涙
が出てきます。
ー 貴方済みません、私のせいでこんなにしてしまって ー
私は恐る恐る主人に声を掛けました。まだ主人には佐伯の事が解っていないと自分に
信じ込ませようとしている私がいました。目が覚めた主人は一瞬、私がどうして此処に
いるのか解らないようでした。
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