投稿者:MM 投稿日:2004/09/01(Wed) 23:30
5月29日(土)の2
辺りが暗くなり出した頃、私は海沿いにある公園に向かっていました。ここは私が妻にプロポー
ズをした場所です。野田のアパートを出た時、思わない事も無かったのですが、そんなドラマの
様な事は無いと思い、後回しにしてしまったのです。
公園へ着くと、もう真っ暗でしたが、駐車場の一番奥に妻の車が止まっているのを発見しました。
しかしまだ喜べません。一度立ち寄ったものの車をここに置いて、また何処かに行ってしまった
可能性も有ります。最悪、海に入ってしまった事も考えられます。
何組かのカップルに、変な目で見られながら探し回っていると、1人でベンチに座っている、妻
らしい人影を見付け、静かに近付いて前に立つと、顔を上げた妻は人目も憚らず、急に泣き出し
て抱き付いて来ました。
しばらくベンチに座り、昔の事を思い出しながら、真っ暗な海を見ていましたが、気が付くと妻
は、右手でしっかりと私の上着の裾を握っています。
「俺達の家に帰ろうか?」
妻はゆっくりと頷き、心配なので1台は置いて行こうと言う私に、もう大丈夫だからと言い残し、
自分の車に乗り込みました。家に着いても何を話していいのか分からず、キッチンのテーブルを
挟んで、向かい合ったまま黙っていると、その時携帯が鳴り。
「心当たりは全て探したが、見つからない。すまない。これも全て私のせいだ。美鈴さんに、も
しもの事が有ったら・・・・・・・・・。」
「ちょっと待て。連絡が遅れたが少し前に見つかった。美鈴は無事だ。」
野田は怒った声で“どうしてすぐに”と言い掛けましたが、“良かった。そうか。良かった。”と
言って他は何も聞かずに電話を切ってしまいました。
「美鈴。これから俺達はどうなるか、どうすれば良いのかまだ分からんが、こんな事だけはする
な。こんな事は許さん。一生お前を怨むぞ。」
「ごめんなさい。もうしません。ごめんなさい。あなたや子供達の顔が浮かんで、私には出来ま
せんでした。1人では怖くて出来ませんでした。私はずるい女です。あそこにいれば、あなたが
来てくれると思いました。あそこで待っていれば、必ず迎えに来てくれると信じていました。本
当にずるい女になってしまいました。」
悪く考えれば、最初から死ぬ気など無くて、これも妻の計算通りだったのかも知れません。しか
し私は、そこまで妻が変わってしまったとは、思いたく有りませんでした。
安心したせいかお腹が減り、朝から2人とも何も食べていなかった事を思い出し、インスタント
ラーメンを2人で作って食べていると、家の前で車の止まった音がしたので、こんな時間に誰だ
ろうと思い、窓から覗くと、それは私が少し援助して、娘が買った古い軽自動車で、助手席から
は息子も降りて来ました。
娘は入って来るなり。
「お母さん、帰っているの?帰っているのなら電話ぐらいしてよ。」
娘と息子は険しい顔で座り、携帯をテーブルの上に置き。
「お母さん。これはどう言う事?どう言う意味?」
俺の所にも来たと言う、息子の携帯メールを見ると。
〔ごめんなさい。お母さんはお父さんを裏切ってしまいました。あなた達を裏切ってしまいまし
た。取り返しの付かない事をしてしまいました。あなた達の母親でいられる権利を、自分で放棄
してしまいました。お父さんの事をお願いします。こんな母親でごめんね。ごめんね。〕
その時娘が。
「お父さんを裏切ったって、まさか・・・・・・・そうなの?お母さん、そうなの?」
子供達が来てから、ずっと俯いていた妻は顔を上げ、私の目を見詰めて涙を流しました。私もそ
んな妻が心配で、妻の顔を見ていると、2人の様子を見ていた息子が。
「なんだ、心配して損した。親父、勘弁してくれよ。脛をかじっていて言い難いけど、俺達も忙
しいんだ。夫婦喧嘩は2人でやれよ。子供まで巻き込むなよ。」
娘がまた妻に何か言おうとしましたが、息子がテーブルの下で娘の足を蹴りました。それは妻に
も分かったと思います。娘は大きな溜息をつくと。
「そうね。心配して損したわ。お母さんは家をすぐに飛び出すし。お父さんはお母さんの姿が、
少し見えないだけで大騒ぎだし。お母さん、今日のガソリン代と、高速代はお母さんが払ってよ。」
そう言うと、私を見詰めながら涙を流している妻の前に手を出しました。すると息子も手を出し
たのを見て、娘が。
「途中で食べたハンバーガーも私が出したし、あんたは何も払っていないでしょ?」
「俺だって、バイトを途中で抜けさせてもらったから、半日分のバイト代は、もらう権利は有る。」
娘と息子が言い争いを始めましたが、わざとそう振る舞ってくれている事は分かっていました。
知らない内に、2人は大人になっていた様です。妻だけでなく、私も救われた気持ちでした。
今日は遅いから泊まっていけと言うと“そうするか。”と言う息子に、今度は娘がテーブルの下
で息子の足を蹴り“明日もバイトで夜の方が道も混んでいないから。あんたも明日バイトが有る
でしょ。”と言って席を立つと、妻は慌てて自分の財布からお金を出し、泣きながら2人に渡し
ていました。子供達も赤い目をして帰って行ってしまいましたが、これも私達に気を利かせた事
は、言うまでも有りません。
子供達の成長に感謝しましたが、これで問題が解決した訳では有りません。私の中では、これで
元の夫婦に戻れるほど、簡単な問題では有りませんでした。