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北原夏美 四十路 初裏無修正

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桐 11/6(火) 21:18:55 No.20071106211855 削除
(いきなり携帯を突き付けたのはまずかった)

翌日の日曜、朝食後の珈琲を飲みながら隆一は昨夜の流れを後悔する。

(確かに江美子の言う通り、あんなメールではなんの証拠にもならない。江美子のものでないかもしれないし、仮に江美子のものであってもなんでもない場面を写したものかもしれない)

江美子は昨日の朝同様、隆一に背を向けたまま食器を洗っている。理穂は友人と映画に行く約束をしているということで、朝から出掛けている。

隆一はちらと江美子の後ろ姿に目を向ける。昨夜と違ってパンツ姿だが、ぴったり生地のフィットしたそれには下着の線が見当たらない。

(またTバックか、それとも……)

隆一はそれ自身が生き物のようにくねくねとうごめく江美子のヒップをぼんやりと見つめる。

あんなことがあったのも、江美子はすっかり忘れたように平然としている。隆一を魅了する江美子の逞しいまでに豊満な尻も、一方でなにか女のふてぶてしさといったものを感じさせる。

昨夜いきなり素っ裸になった江美子は、隆一にのしかかり騎乗位の姿勢になると、激しく腰を使いあっという間に隆一の精を絞り取った。そしてことの終了後、唇や舌を使って隆一のものを奇麗に掃除したのだった。かつての江美子には考えられない積極的な行為だった。

「ああ、江美子、こんなに隆一さんを愛しているんです。そんな私が裏切るようなことをするわけないじゃないですか」

江美子はそんな風に甘く囁きながら隆一を粘っこく愛撫するのだ。

「わかるものか」

すっかり江美子のペースに乗せられた腹立たしさもあって、隆一はわざと冷たい口調でいう。

「不倫女の江美子のことだからな、完全に信じる訳には行かない」
「隆一さんの意地悪……」

江美子は隆一のものから口を離すと、くるりと後ろを向き、隆一の目の前で豊かな尻をゆらゆらと振るのだ。

「ねえ、お仕置きして、隆一さん。不倫女の江美子を思い切りお仕置きして……」

(勢いに負けてメールも削除してしまったし……これでは江美子に主導権を取られっぱなしだ。しかし、江美子がこんな強い女だとはおもわなかった)

江美子は隆一よりも六つ年下で、かつては職場での部下ということもあり、結婚前、いや、ほんの少し前まで隆一に対しては素直で、どちらかというと従属的な女だった。もちろん自分の意見をはっきりもっているところはあり、そんな強さに隆一がひかれたのは確かだが。

一方、今の江美子は少しでも隆一に疑いを生じさせるようなことがあれば、女の武器を最大限に駆使してそれを叩き潰していく。まるで別の人間になったようである。しかしながら以前と変わらない素直さや純真さも残っているのだ。昨日、理穂からマフラーをプレゼントされた時に流した感激の涙が偽りのものであったとは思えない。

(水上との不倫が発覚してからだ)

あれから江美子はしばらくの間沈んでいたが、ある時から開き直ったような態度を見せるようになった。水上との関係は隆一にとって愉快なものではなかったが、隆一と出会う前のことであり、江美子も最初は水上という男を独身だと思い込んでいたのだから、所詮、隆一が今になっていつまでも責め立てて良いような問題ではない。

結婚前に、相手に対して自分の過去をすべて明らかにしなければならないといった決まりはない。そんなことを言い出せば、隆一にも江美子に話していなかったことはたくさんあるのだ。

(たとえば、麻里と離婚した理由だ)

隆一は、麻里が有川と関係をもったことに対してはもちろん憤りを感じたし、今でも完全に許せた訳ではない。しかしそのことだけなら麻里と別れを選ぶことはなかっただろう。

誰にでも過ちはある。そして償えない過ちは滅多にないというのが隆一の考えである。理穂のためにも夫婦関係をやり直すという選択肢は当然隆一の頭の中にあった。

(しかし、俺は麻里との別れを選んだ。それは、俺が麻里のことが分からなくなったからだ)
桐 11/6(火) 21:20:23 No.20071106212023 削除
結婚してから十年近く、いや、出会ってから十五年、隆一が知っていた麻里と、有川と関係をもっていた麻里は全く別人だった。

有川から送られて来た、写真が添付されたメールを麻里に突き付けた時、麻里は本当に何も身に覚えがないと言って否定した。何かの悪戯に決まっている。携帯メールの写真など何の証拠にもならないと。

(そう、ちょうど昨夜の江美子のように)

しかしその後、麻里に対する疑いは消えなかった。結局隆一は興信所に調査を依頼することによって、有川との不倫の動かぬ証拠を手にしたのだ。

(せめて最初に俺がメールを突き付けた時に事実を認めて、謝ってくれていたら……)

あの後、隆一はあれほど態度を硬化させなかっただろう。また、不倫の事実が明らかになっても、誠心誠意詫びた上で、二度と過ちを繰り返さないと誓ってくれれば隆一は許しただろう。

(しかしあの時麻里は、有川と関係をもったことについては謝るが、二度と繰り返さないと誓うことは出来ないと言った)

隆一にとっては信じられない発言だった。自分がやったことを反省していないのか。詰め寄る隆一に麻里は答えた。

「もちろん反省しています。でも、どうにもならないのです。私は自分を止めることが出来ないのです」
「何を馬鹿なことを言っている。自分の身体だろう。自分で止めることが出来なくてどうするんだ」
「あなた」

麻里は興奮する隆一を遮った。

「私と別れてください」
「なんだと」

隆一は驚いた。理穂を溺愛している麻里は、自分から離婚を口にすることは絶対にないと考えていたのだ。

「なぜだ」
「私といればあなたは、そして理穂も不幸になります」
「俺と別れてどうする。有川と一緒になるのか」
「なりません。有川さんもそのつもりはありません」
「嘘をつけ。もう俺を愛していないんだろう。おまえは有川を愛していたのだろう。学生のころからずっと。おれと結婚したことを後悔しているんじゃないのか」
「私が愛しているのはあなた一人です。有川さんを愛したことはありません」
「出鱈目を言うな。学生のころも有川と付き合っていた時期があるじゃないか」
「あれは……」

麻里はそこで言葉を詰まらせる。

「違うんです」
「どう違うんだ」
「とにかく違うんです。愛ではありません。少なくとも私の愛では」

(分からなかった。麻里のことが何も分からなかった。分かっていたような気になっていたのはすべて俺の幻想だったのか)

「あなた」

不意に声をかけられ、隆一は驚いて顔を上げる。

「どうなさったんですか、珈琲がこぼれそうです」
「ああ」

隆一は夢から覚めたような気分になる。目の前では江美子が心配そうに首を傾げて立っている。その姿を見た隆一は息を呑む。

(麻里……)

以前は健康的な小麦色だった江美子の肌が驚くほど白くなっている。はっきりした目元、豊かなヒップ、黒いサブリナヘア、そして洋服の趣味。目の前にいる女はまさに六年前の麻里とそっくりだった。そう、ちょうど麻里が有川と不倫を開始したころの。

(メイクのせいか……いや、それだけではない)

隆一はある可能性に気づき、愕然とする。

(昨夜送られて来た写真はひょっとして、水上からでも、有川からでもないのでは)

「隆一さん、お天気が良いから、ドライブに行きませんか。年末はまだ先だからそれほど道も混んでいないんじゃないかしら」

江美子は隆一に向かって無邪気に微笑みかける。
桐 11/7(水) 21:11:35 No.20071107211135 削除
隆一と江美子は西湘バイパスを小田原に向かっている。からりと晴れて乾燥して澄み切った空はどこまでも高く、車窓から見える相模湾は空の色を映し出し、微風にさざめく波頭が白い海鳥のように見える。

「冬の海というのも良いですね」
「ああ」

助手席の江美子が顔を窓の方に向けて呟く。それまで運転に集中していた隆一がちらと江美子の方を向く。隆一は、江美子の瞳が濡れたように潤み、頬は薄いピンク色に染まっているのに気づく。

FM横浜の女性アナウンサーと、DJの男性作家の掛け合いが車の中に流れている。国道との合流地点での渋滞にかかった時、ハンドルを握っていた隆一の手に、いきなり江美子が手を伸ばす。

「危ないじゃないか」
「当分車は動きませんわ」

江美子は悪戯っぽく笑うと、隆一の手を自らの股間にいざなう。

「何をするんだ」

江美子の大胆な行為に隆一は驚く。

「スカートをめくってみて」
「こんなところで……」
「この位置なら大丈夫。隣りの車からは見えませんわ」

追い越し車線のワンボックスカーのドライバーは、なかなか解消されない渋滞に苛々した表情を見せており、こちらを気にする様子はない。

隆一は江美子に導かれるまま、グレーのスカートを持ち上げて行く。赤いバタフライのような小さいパンティに覆われた江美子の股間が姿を現す。

(これは……)

隆一が昨日、タンスの引き出しを探した時には見なかったものであるが、その時見つけたどの下着よりもエロチックである。

「触ってみて」

江美子に言われるまま隆一はバタフライに触れる。指先に微かな振動が伝わってくるのを感じた隆一は、驚いて江美子の顔をみる。

江美子は悪戯っぽい笑みを顔に張り付けたままバタフライをずらして行く。ピンク色の小さなローターが江美子の股間にしっかりと固定されている。

「江美子……」

あまりのことに隆一は唖然として江美子をみる。

「隆一さん、私は隆一さんの前ならいくらでも淫らになれるわ。でも信じて。それは隆一さんに対してだけなの」
「江美子、俺は何もそこまで……」
「私は隆一さんの前で本性を隠したくないの。私は職場では男の人と同じように営業で働き、家庭では良き主婦でいたいと思っている。それももちろん私の一面。でも、隆一さんには女としての私のもう一つの面を知っておいて欲しい」

江美子は隆一の手を両手で掴んで、露わになった自らの股間に押し付ける。江美子の淡い繊毛はしっとりと潤っており、秘裂からは今にも樹液がこぼれ落ちそうになっている。

「この下着も、ローターも、隆一さんのために買って置いたものなの。隆一さん、男の人ってみんなこんなものを使って、女の人を恥ずかしい目に合わせるのが好きなんでしょう?」
「江美子、誰からそんなことを聞いた?」
「誰でもそうよ、みんなそうだわ……」

江美子は情欲に潤んだ瞳を隆一に向けながら、うわ言のようにそうつぶやく。人が変わったような江美子の姿に隆一は恐怖さえ感じるが、その手を振り払うことが出来ない。ようやく渋滞の車が流れ出し、隣りのワンボックスカーが動き出す。

隆一は救われたような気分になり、ハンドルを握り、アクセルを踏む。隣りの席の江美子ははあ、はあと荒い息を吐いている。

「隆一さん、もうドライブは良いわ。ねえ、これからホテルに行きましょう」

江美子はとろんとした瞳を隆一に向ける。

「江美子をうんとお仕置きして、ねえ、不倫女の江美子を思い切りお仕置きして」
桐 11/7(水) 21:12:56 No.20071107211256 削除
月曜の6時過ぎ、隆一は渋谷の、江美子が勤務する支店の近くの喫茶店にいた。

江美子には久しぶりに昔の友人と会うから遅くなると告げている。職場には外で資料調べをするからと言い残し、直帰扱いにしてもらっている。時差の関係で休日も仕事を強いられる職務であるため、多少の融通は認めてもらっているのだ。

隆一は渋谷駅近くのデパートのトイレで、それまで着ていたダークスーツから明るい色のジャケットと替えズボンに着替えていた。ここ2、3年はあまり袖を通していなかったものである。ネクタイもわざと派手なものに変え、眼鏡も昔のセルフレームのものをかけている。髪をジェルで固めると、ちょっと見では隆一だとは分からないだろう。

(探偵の真似事までして、いったい何になるのか)

江美子が何か隆一には言えないことをしているという、はっきりとした根拠はない。また、仮にそうだったとしても今夜行動を起こすとは限らない。そして仮に今夜、江美子が何か行動を起こしたからといって、その時にどうするという覚悟が隆一にある訳ではなかった。

しかし、このところの江美子の変貌振りが、隆一をなんらかの行動に駆り立てないではいられなかったのだ。

(麻里の時は、俺が麻里に裏切られたという衝撃よりも、麻里のもつ二面性を理解出来なかったことが別れの原因となった。だから、江美子と結婚する時は、以前の失敗は決して繰り返すまいと心に決めていた)

それは理穂をもう一度傷つけたくないからだと、隆一は理屈付けていた。しかし今はそれだけでないと分かっている。隆一自身が傷つきたくないのだ。

(俺が江美子と結婚したのは、本当に江美子を愛していたからなのか。江美子なら二度と傷つかないと思っていただけなのではないか)

隆一は今、そんな自分自身の狡さ、臆病さを目の前に突き付けられる思いだった。江美子も清楚で貞淑なだけの女ではない。有川と不倫をした麻里と同様、淫奔な面をもった女なのだ。その江美子を本当に愛することができるのかと。

(いや、麻里と有川はもともと愛し合っていた。割り込んだのは自分なのだ)

江美子はそうではない。隆一と知り合う前のこととは言え、妻子持ちの男と二年も不倫の関係を持っていた女だ。麻里よりも悪いではないか。言っていることの辻褄が妙に合いすぎていることも気になる。

そこまで思考を進めた隆一は、自分の心の醜い断面に気づいて愕然とする。

(俺は何ということを……)

江美子は水上と出会った時、奴が妻子持ちということを知らなかったのだ。俺と理穂がいながら有川と関係を持った麻里と一緒にはできない。

(しかし、麻里と江美子、どうしてこう重なることが多いのだ)

共通するのは差出人不明のメール。その謎を解けば、すべてのことがほぐれていくような気がする。あれは水上からなのか、有川からなのか、それとも……。

(とにかく、江美子の変貌の理由を確かめないと前に進めない)

隆一はじりじりする思いで店の通用口を見つめる。やがて7時少し前になると、白いコートを着た江美子が姿を現す。

(出てきた)

隆一は伝票を持ってレジへ向かい、手早く勘定を済ませて外へ出る。

理穂からプレゼントされた白いマフラーを首に巻いた江美子から少し離れて、隆一は後へ続く。気づかれないように2、3人を間に入れて歩くが、思いのほか尾行というものは難しい。

江美子は六本木通りと青山通りが交差したあたりのビルの地下1階にあるバーに入る。

(店に入るか? いや、それはいくら何でも危険だ)

またどこか喫茶店にでも入って見張るかとあたりを見回したが、適当な店がない。隆一は仕方なく少し離れた場所で佇む。

渋谷の街はクリスマスムード一色である。道行く人達も心なしか普段よりもカップルの比率が高いようである。

(俺は一体何をしているんだ)
桐 11/8(木) 21:50:31 No.20071108215031 削除
隆一はその場で10分ほど突っ立っていたが、これ以上この場所で待っていると凍えてしまう。離れた場所でも良いからどこか店に入ろうか、それとも引き返そうかと迷っていると、通りの向こうから江美子に良く似た女が歩いて来ることに気づく。

(あれは……)

髪型といい服装といい、遠目では江美子にそっくりである。さっき店に入ったのはひょっとして江美子ではなかったのか、と隆一は驚いてその女を見つめる。女が近づき隆一と目が会う。瞬間、隆一はあわてて目を逸らす。

(麻里だ)

顔立ちは確かに麻里のものなのに、どうしてこんなに近づくまで分からなかったのか。あまりに江美子とよく似ていたため動揺していたせいか。

(違う)

雰囲気や歩き方が、隆一の知っている麻里のものではないのだ。5年経てばあれほど変わるものか。

麻里は幸い隆一には気づかなかったようで、江美子が入ったバーへと降りて行く。隆一はしばらく迷っていたが、近くのドラッグストアに飛び込むとマスクと脱脂綿を購入する。

隆一は綿を小さくちぎって口に含み、マスクで口を覆う。そして思い切って地下へと降りて行った。

「いらっしゃいませ」

バーの中は意外と広い。バーテンダーが隆一を認めて挨拶する。隆一はカウンターの出口側に近いコーナーに座る。

江美子と麻里はカウンターの反対側の隅に並んで座り、何やら話をしている。隆一が入ってきた途端、ちらと視線を送って来たが、すぐに何もなかったように話し出す。どうやら気づかれずにすんだらしい。

「何か作りましょうか」

バーテンダーに聞かれて隆一はマスクを口から外す。

「サイドカーを」
「かしこまりました」

バーテンダーは会釈をするとブレンデーとホワイトキュラソー、レモンジュースをシェイカーに入れてシェイクし始める。やがて隆一の前にカクテルグラスが置かれる。

隆一はサイドカーを呑み始める。バーテンダーの腕は悪くない。隆一は改めて麻里と江美子に視線を送る。二人はまるで姉妹のように見える。江美子がいわゆるサブリナカットにしてから多少なりとも感じていたことだったが、服装といい、仕草といい、非常によく似ている。

(昔の麻里に似ているというわけでもない。まるでもうひとりの麻里がいて、江美子がそれに近づいてきているといった風に思える)

それにしても江美子と麻里はここで一体何をしているのか。一人の男の先妻と今の妻が会って話をしている。あまり日常的な光景とは言えないが、世の中にはそういったこともさほど珍しくはないだろう。先妻が残して来た娘の養育問題など、相談すべきことはないとは言えない。しかしそれが男には内緒で行われているとしたらどうだろう。

さらに二人が出会ったきっかけが問題である。江美子は麻里のことを、10月にK温泉のTホテルで会うまで知らなかったのだ。それまで隆一や理穂との関係がうまくいっていなかったというのならともかく。いまさら麻里に何を相談することがあるというのか。

(いや、むしろ色々な問題が出て来たのは、あの時有川と麻里に会ってからではないのか)

「水」という名で送られて来るメールによって、江美子と水上の過去の不倫が露見したこと、そして江美子の驚くような変貌と不可解な行動。

(それらの出来事と麻里が関係しているなどとは思ってもいなかった。なぜなら有川のもとに走った麻里の側に今さら俺とかかわるような理由はないからだ。しかし、それは俺の思い違いだったのだろうか)

耳をすまして見ても、隆一がいる場所から江美子と麻里の会話は聞こえてこない。隆一の後でカップルが一組と、女二人連れの客が入って来る。その度に江美子と麻里は入り口の方へ素早く目を走らせる。
桐 11/8(木) 21:51:20 No.20071108215120 削除
(誰かを待っているのか)

隆一はサイドカーを飲みながら、ちらちらと二人の様子を窺う。やがてまた扉が開き、二人連れの男が入ってくる。

「いらっしゃいませ」

入って来た二人連れの男のうち一人の顔を見て隆一は驚く、この前の土曜日、横浜で江美子に声をかけた男である。もう一人の男も同じくらい、30代後半といった年齢である。麻里は二人を見つけると「こっちよ」という風に軽く手を上げる。隆一がさらに驚いたことに、江美子までが男たちに向かって微笑を浮かべている。

隆一は気づかれないように顔を伏せる。男のうち一人の後ろ頭に、目立つ傷があるのが隆一の目に入る。男たち二人はカウンターの麻里と江美子の隣に座り、飲み物を注文する。「この前は……」とか「だって……」といった男たちと麻里や江美子の声が切れ切れに聞こえて来る。

(どういうことだ)

隆一は混乱する。あの男たちは一体誰だ。一人がその水上という男なのか。

いや、そんなはずはない。横浜でしつこく話しかけて来た男に対して江美子は「人違いだ」と繰り返していた。いくら何でも過去、不倫の関係にあった男から話しかけられて「人違い」と返すことは不自然だ。考えられるのは行きずりで知り合った男に声をかけられて……。

そこまで考えた隆一は愕然とする。江美子はここで麻里と一緒に男漁りをしているというのか。

(馬鹿な。そんなはずはない。いくら何でもそんなことをする女ではない)

そんなことをする女ではない、とはどちらの女のことだ? 江美子のことか、麻里のことか? 隆一は自問する。

(どちらもだ)

自分の先妻と今の妻、ともに清楚で純真だった妻たちがバーのカウンターで男を漁るなど、考えられない。

(……本当に考えられないか?)

考えられないといえば麻里が有川と不倫をすることも、江美子が結婚前に水上と不倫をした女だったということも考えられなかった。貞淑な妻、良き母としての麻里や江美子の姿は隆一の幻想の中にだけあったのではないのか。

麻里と江美子、そして二人の男たちは親しそうに話し、時々笑い声まで上げている。江美子の笑顔だけでなく、麻里のそれまでが隆一にまるで心臓を締め付けるような苦痛を与える。

別れた妻である麻里が何をしようが隆一が文句を言う筋合いのものではない。しかし、実際に麻里が他の男と楽しげに話しているのをみると、江美子に対するものと同じような、いや、ことによるとそれ以上の嫉妬を感じるのだ。

(麻里、お前がこんなことをしているのを有川は知っているのか。もし知っているのならなぜ奴は何も言わない?)

(有川も有川だ。俺が最終的に麻里のことを諦めたのは、相手が有川だったからだ。麻里に対して変わらない愛を捧げていた有川だったから、俺は麻里を譲ることが出来た。なのになぜお前は麻里をしっかり捕まえていない)

いや、早とちりはまずい。ただの飲み友達かもしれないではないか。麻里がインテリアコーディネーターとして仕事上付き合いのある人間に、江美子は単に紹介されただけかもしれない。江美子も銀行で営業をしているのだから、人脈は重要だ。男漁りなどと決めつけるのは早計だ。

隆一がそんな風に懸命に自分自身を落ち着かせていると、男二人と麻里が立ち上がる。一瞬江美子がためらう風情を見せるが、麻里に催促されて後に続く。男たちが勘定をしている間、隆一は気づかれないように顔を伏せる。

四人が店を出るとすかさず隆一は立ち上がり、バーテンダーに声をかける。

「いくらだ」
「1300円です」
「釣りはいい」

隆一は千円札を2枚置くと急いで店を出る。地上に出た隆一は、麻里たち四人がタクシーに乗り込むのを見る。隆一は急いでタクシーを止める。
桐 11/10(土) 00:30:42 No.20071110003042 削除
「あのタクシーを追っかけてくれ」
「お客さんの連れですか」
「いや、違うんだ。出来るだけ気づかれないように頼む」
「弱ったな。面倒なことに巻き込まれるのは御免ですよ」

ためらうドライバーに、隆一は一万円札を押し付ける。

「頼む」

ドライバーは無言で頷くと、車を発進させる。隆一を乗せたタクシーは麻里たちの車から2台ほどを間に挟んで走り出した。

車は明治通りを恵比寿へ向かう。山手線の恵比寿駅の近くで住宅街に入り、中層マンションの前で停車する。隆一は麻里たちのタクシーの停車位置を確認すると、ドライバーに追い越して次のブロックで停めるように頼む。

「このまま少し待っていてくれ」

車から降りた隆一は、麻里たちを降ろしたタクシーが走り去るのを確認してから、マンションに近づく。マンションはオートロックがかかっているため中には入れない。隆一はメールボックスのネームプレートに「中条」という名前があるのを見つける。

(麻里のマンションか……)

「中条」は麻里の旧姓である。江美子は麻里と、バーで待ち合わせをしていたと思われる二人の男と一緒に、麻里のマンションに入ったことになる。

(これがラブホテルに入ったとでもいうのならまだ話は簡単かもしれないが……)

麻里のマンションに入ったというのが微妙である。

(俺は何を考えている。ラブホテルなんかに入ったら最悪じゃないか)

隆一が知っている限りでは、麻里は多少親しくなったから問って、軽々に自分の部屋に男を招きいれるような女ではない。逆に、その麻里が部屋に入れたということが、男たちとはなんでもないということを示しているともいえるのではないか。単に場所を変えて仕事の打ち合わせをしているのかもしれない。

(……いや、そんな呑気なことを言っていられない)

一人暮らしの女の部屋に上がりこむということそのものが非常識である。何か親密な関係にあると思われても仕方がない。おまけに麻里も、そして江美子も、隆一が考えていたような貞操観念の強い女ではなくなっているのかもしれないのだ。

(いずれにしてもこれだけでは何の証拠にもならないのだ。江美子にしても、麻里にしても、男たちとなんらかの関係を持っていることの証明にはならないのだ)

麻里──。

(江美子のことはともかく、俺はさっきからどうして麻里のことを気にする。もう自分とは何の関係もなくなった女ではないのか。ひょっとして俺は、麻里がいつまでも独りでいるのは、いつかは自分の元に帰って来るからだと期待していたのか)

自分の今の妻は江美子だ。そんなことはありえない。しかし、どうして麻里のことでこんなに心が乱される。今はとりあえず江美子の身を心配すべきだろう、と隆一は思いなおす。

(ここは住宅地だ。こんなところでずっと待っていては怪しまれる。そもそも男たちはいつ出てくるのか分からない)

隆一はその場から逃げるように、停車したままのタクシーへ戻る。隆一を迎えるようにドアが開く。

「元の場所へ戻ってくれ」
「わかりました」

タクシーは明治通りを渋谷に向かう。六本木通りと青山通りが交差した場所へ戻ると隆一は車を降り、再び地下のバーへ戻る。

「いらっしゃいませ」

バーテンダーは入ってきたのが隆一であるのに気づき、会釈をする。客はそれほど多くない。さっきまで座っていたカウンターの隅の席が空いている。隆一がそこに座ると、バーテンダーがカウンターにグラスを置く。赤い液体が入ったそれは静かに湯気を上げている。
桐 11/10(土) 00:31:40 No.20071110003140 削除
「これは」
「ホットワインです」

バーテンダーが隆一に笑いかける。

「お風邪でしょう? これは効きますよ。店からのサービスです」
「……ありがとう」

マスクをして入ったせいで誤解されたか。しかし、身体が冷えているためちょうどいい。隆一はホットワインに口をつける。

「うまい」

隆一は思わず声を上げる。

ほどよい甘さにクローブとレモンが効いており、麻里のマンションの前で突っ立っていたせいで冷えた身体が心地よく暖まっていく。

「クリスマスにはホットワインがつきものです」
「クリスマスか……」

渋谷の街は華やかにイルミネーションが施され、クリスマス一色である。江美子と結婚してから二回目のクリスマスシーズンをこのような気分で迎えようとは、隆一は想像していなかった。隆一はしばらくためらっていたが、思い切ってバーテンダーに話しかける。

「先ほどの女性客二人のことだが……以前からよく来るのか?」

グラスを拭いていたバーテンダーが顔を上げる。

「迷惑はかけない」

隆一は小さく折った一万円札をバーテンダーに渡す。バーテンダーはためらうように、しばらく無言で隆一を見ていたが、やがて口を開く。

「お一人は以前からご贔屓にしていただいている方です。若い方の女性がいらっしゃるようになったのは、ここ二ヶ月くらいでしょうか」

(……K温泉で麻里と有川に会ってからだ)

「男二人の方は?」
「一人は、かなり前からいらっしゃっている方です。もう一人の男性は最近、その方がお連れになるようになった方です」
「前から来ている女の方の知り合いか?」
「そうですが、この店でお知り合いになられたようですね」
「仕事上の知り合いではないということか」
「この店は女性一人のお客様がよく来ることで知られていまして……」

バーテンダーは意味ありげな笑みをたたえながら頷く。

「どれくらいの頻度でこの店に?」
「女性の方ですか? 週2、3度というところですかね」
「二人とも?」
「はい」
「いつもああやって、この店で男と待ち合わせているのか?」
「いつもというわけではありません。女性同士お二人だけで飲まれるときも。しかし、最近は大抵どなたかと待ち合わせられますかね」
「同じ相手か?」
「先ほどのお二人と、それとは別に一組いらっしゃいます。そちらはもう少し若いですね。30になるかならないか、という感じでしょうか」
「男同士が鉢合わせすることはないのか?」
「曜日が決まっていますから……。先ほどのお客様は月曜と木曜、もう一組は火曜と金曜に来られます」

隆一の銀行では水曜日は「早帰り」の日であり、極力残業はしないことになっている。江美子もその曜日は避けているということか。

それにしても江美子が少なくとも週に二度以上のペースで麻里に会い、そればかりか男と待ち合わせて麻里のマンションに行っているなど隆一は想像もしていなかった。

(どうして江美子が麻里に会う必要がある? どうしてそれを俺に秘密にする? やはり後ろめたいことがあるからか?)
(あの男たちと江美子、麻里はいったい今何をしている? 有川は何も知らないのか?)

隆一は色々な疑問が一気に湧き上がり、胸が締め付けられそうな思いになる。
桐 11/10(土) 09:21:04 No.20071110092104 削除
「どんな話をしていたか教えてもらえないか?」
「それはちょっと……」

バーテンダーは困ったように首をかしげる。十中八九仕事絡みではないと隆一は確信する。

「お客様は、あの女性の?」
「亭主だ」
「どちらのですか?」
「若い方だ」
「そうすると、もう一人はお客様の義理のお姉さんですか」
「えっ?」

隆一は驚いて聞き返す。

「お二人は姉妹じゃないんですか」
「違う」
「顔つきや雰囲気がよく似ているので、てっきり姉妹だと思っていました。以前から来られているほうの女性が『あれは妹』とおっしゃっていましたし……」
「姉妹……」

麻里がそのような説明をしていたというのか。

「まあ、似たようなものだ」

隆一は苦笑するとホットワインを飲み干し、グラスを置くと手帳を取り出し、携帯のメールに走り書きをする。

「お願いがあるんだが……今度あの二人が店に現れ、男たちと合流したらこのアドレスにメールをくれないか?」
「それは……」
「メールには何も書かなくていい。空メールでいいんだ」

バーテンダーはしばらく迷っていたが、やがて「わかりました」と頷く。

「ただ、お客様がいる前では出来ませんから、注文が途切れた時に打つということになりますよ。それでもいいですか?」
「それは仕方がない。よろしく頼む」


隆一はバーを出るとJR渋谷駅から湘南新宿ラインに乗り、自宅のマンションに戻る。江美子はまだ帰ってきていない。隆一はダイニングで缶ビールを飲みながら一昨日の土曜日の、横浜駅近くでの出来事を思い出している。

──いつもと雰囲気が違うんで、最初は全然分からなかったよ。
──人違いなもんか。僕はこれでも人を見分ける目には自信があるんだ。
──いつもの大胆さはどうしたんだ。
──なんだ、亭主がいたのか。

(あのときの男の言葉は……)

いつもの大胆さ、とはいったいどういう意味だ。男の態度や口ぶりは、江美子と男がただならぬ関係にあることを示しているのか。

(しかし、麻里はいったいどういうつもりだ)

今夜見かけた麻里が、隆一にはかつての自分の妻と同じ人間とはとても思えない。姿かたちは確かに麻里のものだが、どうしても以前の麻里とは重ならないのだ。

その時、隆一の携帯がメールの着信を告げる。隆一がメールを開くと、いきなり大股を拡げた女の写真が飛び込んでくる。女の股間には男が頭をうずめているが、後ろ向きなので顔はよく分からない。隆一は衝撃を受けながらもあることに気づく。

(この後ろ頭の傷は今夜、渋谷のバーで見かけた男のものだ)

さらに一通の着信がある。そこには快楽に喘ぐ女の表情が映し出されている。

『表題:クリニングスされて絶頂寸前の奥様です』
『本文:女の大事な部分を粘っこく愛撫されて、歓喜に打ち震える奥様の姿です。奥様は本当にいい声で泣きますね。声を聞いているだけでこちらまでぞくぞくして来ます。愛液の量もとても多くて、こちらの顔の顔までがびっしょり濡れて来てしまいます。 水』

隆一はメールを読み終えると震える手で携帯を閉じる。

(間違いない……これは水上などという男からのものではない。そして、有川が送ってきたものでもない)

この写真は恐らくたった今撮影されたばかりのものだ。そして送ってきたのは麻里だ。

(五年前に解決すべき問題が、解決されていなかったのだ)

麻里に会うしかない、それも早急に。隆一はそう心に決めるのだった。
桐 11/10(土) 09:21:54 No.20071110092154 削除
結局月曜の夜、江美子は終電ぎりぎりで帰ってきた。

「仕事が溜まっちゃって、ごめんなさい……」

玄関に出迎える隆一に言い訳をしながら江美子は靴を脱ぐ。心なしか、隆一と視線を合わさないようにしているようである。

「大変だったな」

隆一は江美子に対する疑いを口に出さない。メールが来たことももちろん黙っている。

(本当に仕事だったかもしれないからな……)

隆一は理穂からのプレゼントの白いマフラーを首から外す江美子を見ながら、ありえない事とは思いつつそう心の中でつぶやく。

「シャワーを浴びてきます」
「先に寝ているぞ」
「わかりました。お休みなさい」

江美子はそう言うと、隆一の目を避けるように浴室へ消える。隆一はベッドに入るが目がさえて眠れない。やがて寝室のドアが開き、江美子が入ってくる。

「あなた……もう休まれたんですか」
「いや」
「そっちへ行っても良いですか?」

江美子が掠れたような声で隆一に声をかける。

(何を考えているんだ、この女は)

麻里のマンションで本当に男に抱かれてきたのなら──それはすでに疑いから確信に変わりつつあるが──その後すぐに夫にセックスを求めるなど、相当の神経だ。江美子はこれほどまでに図太い女だったのか。隆一は呆れたような思いになるが、一方で残酷な好奇心も呼び起こされる。

「良いぞ」

男に抱かれた痕跡があるのか確かめてやる。そう思い隆一が承諾すると江美子はバタフライのようなパンティのみを身に付けた半裸のまま、無言でベッドに潜り込んでくる。

(この身体を男に抱かれてきたのか)

隆一は江美子にのしかかると小ぶりだが形の良い乳房をぐいと掴む。江美子はそれだけで「ああ……」と切なげな喘ぎ声をあげる。

江美子を両手で抱いたまま、うなじや胸元に軽く接吻を注ぎ込む。股間に手を触れると、秘裂はすでに溢れんばかりに愛液をたたえている。

「まだほとんど何もしていないのに、どうしてこんなに感じているんだ」
「あなたが……上手だから」

(何を言ってやがる)

ついさっきまで男に抱かれてきたからじゃないのか。隆一は腹立たしくなり、わざと荒々しくバタフライをむしりとる。

「あっ、嫌ンっ」

江美子は反射的に両肢を閉じようとするが、隆一は両手を内腿にかけてぐいと押し開く。さほど濃くない江美子の陰毛の奥に、いまだ紅鮭色を保っている媚肉が覗いている。その部分に顔をうずめようとした隆一は、送られてきたメールに添付されていた写真の構図を思い出し、一瞬嫌悪感に身体が硬直する。

(あの男も江美子の股間に顔をうずめていた)

じっと静止したままの隆一に江美子は怪訝そうな表情を向けていたが、いきなりくるりと身体を反転させると、豊満な双臀を突き出すようにする。

「ねえ……あなた」

江美子は甘えるようにそう言うと、大きな尻をゆらゆらと揺らす。

「江美子の……江美子のお尻を苛めて……ああ、あなた……」
桐 11/10(土) 09:22:48 No.20071110092248 削除
江美子は最近、しばしばこのように隆一をマゾヒスティックな仕草で誘惑する。これも以前の江美子には見られなかったことである。

「ねえ、ねえ……不倫女の江美子を思い切りお仕置きして……ああ、あなた……」

そうやって妖しく誘われているうちに、江美子の対する隆一の憤りが溶けてなくなると考えているのか。言葉では殊勝げに見えるのだが、結局は自分の肉体の魅力で、隆一をねじ伏せようとしているだけではないのかと不快な気分になる。

(これまではこうやって色仕掛けでごまかされて来た。しかし、今夜はそういう訳にはいかない)

「そんなにお仕置きしてほしいのか、江美子」

隆一が冷ややかに声をかける。江美子は隆一の心の裡も知らず、微かにほほ笑みながらこくりと頷く。

「ケツを高く上げろ」
「こう……ですか?」

江美子は隆一に言われるまま四つん這いの姿勢で豊満な尻を高々と上げる。

「両手を使って尻たぶを広げろ」
「えっ……」

江美子はさすがに眉をしかめる。

「言われたとおりにしろ。お仕置きして欲しいんだろ」
「きゃっ!」

隆一にいきなりぴしゃりと尻を打たれ、江美子は小さな悲鳴を上げる。江美子は躊躇いながらも隆一に言われる通り、両手を後ろに回して尻たぶを広げる。

隆一は江美子の尻に顔を近づける。生々しくさらけ出された江美子の女陰と肛門が羞恥に震えるさまは、まるでそれが別の生き物であるかのようである。あの清楚で上品な江美子がこんな獣のような姿をさらすなど隆一には信じられない。自分が命じたことでありながら、隆一はまるで江美子に裏切られたような気分になっていた。

(どうしてこんな女になった……誰がお前をこんな風にしたんだ)

これまでもセックスの際に、江美子はもちろん隆一の技巧で多少乱れることはあった。しかし、このように自らのマゾヒスティックな欲情を露わにすることはありえなかった。隆一はかつて自分が愛した女、慎ましく柔順で、決して自分を裏切ることがないと思われた江美子という女が遠くに去って行くような寂寥感を覚えていたのである。

すべては二カ月前の出来事がきっかけである。麻里との出会いが江美子を変えたのだ。

(江美子、今夜、お前はあの男たちに抱かれたのか?)

隆一はそこで行き詰まる。麻里や江美子に調査をかけたところで、今晩隆一が目にした事実以上のことが明らかになるとは思えない。麻里のマンションに男たちと入って行っただけでは不貞の証拠にはならないのだ。

羞恥のあまり小刻みに震えていた江美子の尻は、いつの間にか隆一を誘うように淫らに揺れている。隆一は、それが手も足も出ない自分を笑っているような錯覚に陥っていく。寝室の照明を完全に落としていることが江美子を大胆にしている。

(畜生っ)

江美子から離れ、ベッドから起き上がった隆一は「そのままでいろ」と江美子に告げると、いきなり電気をつける。

「いやっ」

煌々とした電灯に江美子のあからさまな姿態が照らされる。江美子は慌てて上掛けで裸身を覆おうとするが、隆一はすかさず引き剥がす。

「お願いっ、電気を消して」
「今さら何をカマトトぶっている」

隆一は再び、ぴしゃりと江美子の尻を平手打ちする。

「さっきと同じ格好になれ。そのまま姿勢を崩すな」
「そんな……」
「言われたとおりにしろ」

隆一は江美子に冷たい声を浴びせる。江美子は隆一の勢いに脅えながら四つん這いになる。
桐 11/10(土) 09:23:27 No.20071110092327 削除
「誤魔化すな。さっきのように尻たぶを広げてケツの穴を見せるんだ」

隆一は江美子の双臀にビンタを揮う。

「わ、わかりました。もう叩くのはやめて……」

江美子は命じられたとおり、両手で尻たぶを広げる。明るい場所で見る江美子のその部分は先ほどとは比較にならないほど淫靡で生々しい。江美子の秘裂からは赤く充血した陰唇がはみ出し、かつしっとりと潤いを見せて表面に露を光らせている。江美子の形の良い肛門は完全に露出され、隆一の目の前で恥ずかしげに息づいている。

「ケツの穴の襞の数まで数えられそうだ」
「嫌っ」

隆一に指摘された江美子は小さく悲鳴を上げて揺ら揺らと尻を振るが、隆一に命じられた姿勢は崩そうとはしない。隆一が江美子の秘奥に指を入れると、そこはすでに泉が湧き出るような潤いを見せている。

「あ……ん……」

江美子はさも切なげな喘ぎ声を上げる。

「こんな恥ずかしい格好をさせられているのに、濡らしやがって……」

隆一は指先で江美子を責め立てる。泥濘を歩くような淫靡な音が寝室に響き渡る。

「いや……恥ずかしい音を立てさせないで」
「今さら何を言っている」

隆一はパシンと江美子の尻を叩くと、愛液に濡れた指で窄まった肛門をさすり上げる。

「あ……そこは……」

江美子は隆一の指先から逃れようとするが、それは積極的な拒絶とはいえないものである。隆一は人差し指で江美子の菊の蕾のようなその部分を貫く。

「あっ……駄目っ」

江美子のその部分は意外なほどあっけなく隆一の指を受け入れる。隆一がゆっくりと指を抜き差しすると江美子ははあ、はあと荒い息を吐きながら軽く身悶えする。

「江美子」
「はい……」
「お前はここで男を受け入れたことはあるのか」
「えっ……」

江美子は戸惑ったような声を上げる。

「アナルセックスをしたことがあるのか、と聞いているんだ」
「そんなこと……したことはありませんわ」
「水上に対してもしていないのか」

隆一は江美子の狭隘な部分を貫いた指をぐいぐいと捻る。

「あっ、ああっ……」
「どうなんだ、言ってみろ」
「み、水上さんに対しても……そんなこと、したことはありません」
「それならここのところは処女というわけだな」

隆一は小さく笑いながら江美子をいたぶる。江美子は眉をしかめて「ああ……」と苦しげに呻いているが、抵抗らしい抵抗は見せない。

「今度ここを犯してやる」
「そんな……無理です」
「試してみないうちにどうして無理だと分かる」

隆一は江美子のその部分を指の根元まで貫く。途端に江美子は甲高い悲鳴を上げる。

「ああっ!」
「いいな、今まで誰にも許したことのない部分を俺に捧げるんだ」
「は、はいっ……」
「ケツの穴が裂けてしまわないように、自分で広げておけ。準備が出来たら俺にそう言うんだ。期限は……そうだな、クリスマスだ」
「わ、わかりましたっ」
「それまではこっちの穴で我慢しておいてやる」

隆一はすでに鉄のように硬くなっている肉棒の先端を、江美子の秘奥に押し当てる。一気に貫いた途端、江美子は傷ついた獣のような悲鳴を上げてがくがくと裸身を震わせるのだった。
桐 11/10(土) 09:26:08 No.20071110092608 削除
翌日の火曜日の夜、隆一がマンションに戻ってきた時、江美子はまだ帰宅していなかった。

(今日も麻里と、そして男と会っているのか……)

隆一は疑念を抱くが、本部勤務の隆一よりも営業店の江美子の方が帰宅が遅いのはさほど珍しいことではない。昨日の今日、連日ということはないだろうと隆一は思い直す。

(それに、あのバーに現れたらバーテンダーが連絡をくれるはずだ)

妙に飄々とした感じの男だったが、隆一はなぜかあのバーテンダーが信用できるような気がした。隆一自身が求めておきながら、麻里と江美子のことを話したところはやや軽薄な印象もあったが、よく思い直してみると、バーテンダーが話したことはあの店に長く通っていれば誰でも気づくことであり、特段誰かの秘密を漏らしたという訳ではない。現に、麻里と江美子が男達とどのような会話を交わしたかについては、隆一には話していないのだ。

隆一は着替えるとダイニングに入る。食卓には理穂が用意した夕食が並べられ、温めれば良いだけになっている。麻里が出て行ってから理穂は幼いながらも立派にこの家の主婦を務めている。隆一と江美子が結婚して以来仕事の分担は変わったが、二人が仕事に出る平日の理穂の役割は今も変わっていない。

冷蔵庫には常に缶ビールが冷えている。未成年の理穂がいつもどうやって酒を買って来れるのか、隆一はたずねたことがある。

「そんなの簡単よ」

理穂はくすくす笑いながら答える。

「買い物にくるお母さんたちとはすっかり顔なじみになっているの。その時だけ保護者になってもらうわ。お店の人も良く分かっているから特に何も言わないわよ」
「そうか」

その時は妙に感心したものだが、後になって考えると理穂に子供らしくない気遣いをさせていることに対して、隆一は胸が詰まるような思いになったものだ。

(理穂……)

自分と麻里のせいで理穂には寂しい思いをさせたに違いない。江美子がこの家にやってくることで理穂の心も癒されるのではないかと隆一は期待していたし、この前のプレゼントのマフラーの一件からみてもそれらしい気配はあった。

しかし、江美子はその白いマフラーを身につけて男と会っていた。それは隆一だけでなく、理穂の思いに対しても裏切りではないのか。

(裏切り?)

そこまで考えた隆一は「裏切り」という言葉にふと違和感を覚える。

(どうしてそれが裏切りなのだ)

江美子が俺に対して誓ったことは、結婚の際に互いに貞節を尽くすということだけだ。理穂の良い母親になるとか、結婚前に隆一以外の誰かに不実なことをしていないことを誓った訳ではない。知らず知らずに隆一は江美子に対して過剰な期待をしていたのではないか。

それにまだ、隆一に対しても裏切ったという確たる証拠はないのだ。

(確かに江美子は俺に対して隠し事をしていた。現在も他の男と会っているかもしれない。しかし、俺に対する江美子の愛がなくなったとはどうしても思えない。それでも裏切りと言えるのか)
(いや、男と女が一緒の部屋にいて何もないと考えるのが不自然だ。江美子も、そして麻里もあの男たちに抱かれているに違いない)
(それならどうして帰って来てからあれほど俺を求める。ただのアリバイ作りか)
(いや、そうではない。あの乱れ方はとても演技とは思えない。もし男たちに抱かれたあげく、俺をあれほどまでに求めるのなら、江美子はただのニンフォマニアということになる)

二本目の缶ビールを空けた隆一が泥沼のような思考に囚われ始めた時、頭の上で声がした。

「パパ」

隆一は顔を上げる。パジャマ姿の理穂が気遣わしげな顔付きで隆一をのぞき込んでいる。
桐 11/10(土) 09:26:55 No.20071110092655 削除
「飲み過ぎだわ。ビールは一本までよ」
「ああ……」

隆一は我に返って理穂を見る。理穂はレンジでお湯を沸かし始める。

「勉強は良いのか」
「休憩も必要よ。それに、たまにはパパと水入らずで話もしたいし」
「そうか……」

そう言われてみれば最近は江美子のことで余裕がなく、理穂とろくろく話ができていない。二人暮らしだったころがよほど会話をしていたと言える。

思春期にさしかかっている理穂が特に父親を疎んじる気配がないのは有り難いことだと思っている。少し大人びてきた理穂の顔を改めて見ると、別れた妻にますます似てきていると感じさせる。

「話って何だ? 勉強のことか、友達のことか?」
「違うわ」

理穂は首を振る。

「江美子さんのことよ」
「江美子のこと?」

隆一は胸がドキリとするのを感じる。

「パパに聞きたいのだけれど、江美子さんがもしママのようにパパを裏切ったら、やっぱり離婚するの?」
「離婚……」

理穂の唐突な質問に隆一は言葉を失う。

「どうしてだ?」
「だって、ママがパパを裏切ったから離婚をしたのでしょう。江美子さんがもしパパを裏切ったら同じように離婚をしなければ不公平だわ」
「理穂、男と女は……いや、夫婦の仲は公平だとか不公平だとか、そういった理屈だけで決まるものではない」
「そんな……」

理穂は不満そうに口をとがらせる。

「それなら、江美子さんがもしパパを裏切ったらどうするの? 離婚はしないの?」
「理穂はさっきからしきりに裏切りという言葉を使っているが、意味が分かっているのか」
「もちろん分かっているわ」

理穂は真剣な表情で隆一を見つめている。

「そうか……」

隆一は小さくため息をつく。

「江美子が裏切ったらどうするか、そんなことは考えたこともないし、もし仮にそうなってもその場になってみないと分からない」
「そうなの?」
「理穂はまるでパパと江美子さんが別れて欲しいような口ぶりだな」
「そんなことはないけれど……」

理穂は顔を伏せる。

「でももし、その時になって江美子さんを許すのなら、ママも許してあげて欲しい」
「許す?」

隆一は缶ビールをテーブルに置き、理穂の顔を見直す。

「パパはママをもう許している」
「そうなの? でも、少なくともママはパパに許されたと思っていないわ」
「理穂、そもそもママを許すとか許さないとか、パパはそんな人を裁けるような上等な人間じゃないんだ」
「パパが裁かなければ誰が裁くの」

理穂はまっすぐ隆一の目を見つめる。そのくっきりした大きな瞳は母親そっくりであり、隆一はまるで麻里に見つめられているような錯覚に陥る。

(そうか、麻里。そういうことか)
桐 11/10(土) 09:29:09 No.20071110092909 削除
隆一はそこで突然麻里の意図を理解する。麻里は江美子を陥れようとしている。そして、理穂を抱き込んで再びこの家に戻って来ようとしているのだ。

「理穂、お前はまだママと連絡をとっているのか?」

隆一の言葉に理穂は途端に落ち着かない表情になり、顔を伏せる。

「連絡を取ったらいけないという意味じゃない」
「……取っていないわ」
「ママから何か聞いているのか」
「何も聞いていない」

理穂は顔を伏せたまま首を振る。

「少なくとも江美子さんがこの家にきてから、私はママと連絡を取ったことはないわ」
「……話題を変えよう」

理穂には罪はない。問い詰めるのは残酷だと考えた隆一は懸命に口調を穏やかにする。

「そういえばもうすぐクリスマスだ。プレゼントは何が良い?」
「……特に欲しいものはないわ」
「そんなことはないだろう、何でも言ってみろ」
「あっても、パパには買えない」
「パパを馬鹿にするもんじゃない。昔ほどじゃないが、銀行員は高給取りなんだ」
「じゃあ、おねだりしてもいい?」

理穂は挑戦するように顔を上げる。

「パパとママと私、三人でクリスマスを過ごしたい」
「理穂……」

隆一は言葉を失う。

「分かっているわ。無理でしょう。パパには買えない。困らせてごめんなさい」

理穂はそう言うと立ち上がり、ダイニングを出る。理穂が子供部屋に消えた後、金縛りになったようになっていた隆一は、テーブルの理穂が座っていた位置に涙がこぼれているのを見つける。

(麻里も声を上げないで泣く癖があった)

隆一は麻里と迎えた夫婦としての最後の日のことを思い出す。

(だから俺は、麻里が泣いていることにずっと気がつかなかったんだ)


水曜の夜、青山にあるイタリアンのレストランで隆一は人を待っていた。クリスマスムードで賑わう街は恋人同士らしいカップルが楽しげに笑い合う声がそこここに響いている。

「お待たせ、隆一さん」

やがて入り口に隆一の待ち人、明る目の栗色の髪、ドレッシーなスーツに身を包んだ麻里が現れる。

「久し振りね」
「ああ」

麻里は屈託のない笑顔を見せながらテーブルに着く。髪の色や服装だけでなく、全体の雰囲気が月曜日に見た麻里とは違っていることに隆一は気づく。目の前にいる麻里はむしろ隆一が見慣れた昔の麻里である。

「美容院にでも行ったのか?」
「どうして?」

月曜とはヘアスタイルと髪の色が違うから隆一は尋ねたのだが麻里は怪訝そうな顔をして首を傾げている。

「あ、俺と会うのにどうしてお洒落をして来ないのか、という意味ですか? ごめんなさい。ここのところずっと忙しくて」

そういうと麻里はコロコロと無邪気な笑い声を上げる。

「でも、そんな風に期待してくれるいたなんて嬉しいわ。結婚している時は私が美容院に行っても気づかないことが多かったあなただから」
桐 11/10(土) 09:29:42 No.20071110092942 削除
(何をとぼけているんだ)

隆一は皮肉っぽい気分になる。

(結婚している時は分からなかったが、これほど裏表がある女だったとは――。やはり俺の感覚は間違っていない。俺は麻里に裏切りを許せないから別れたのではない。麻里が人を裏切るような女だから別れたのだ)

「でも、折角のクリスマスなのに、私と食事なんて良いの?」
「イブはまだ10日以上先だ」
「まあ、その日は江美子さんと予定がありということね。ご馳走様」

麻里はくすくすと笑う。

「お前だって有川と過ごすのだろう」
「さあ、どうかしら。彼とはずっと会っていないから」
「そうなのか?」
「ええ、この前のK温泉以来会っていないわ。あの旅行だって本当に久しぶりなの。それまでも2年近く会っていなかったかしら」
「それなら、ずっと一人で暮らしているのか?」
「ええ」

それで寂しくなって頻繁にマンションに男を引き入れているのか。隆一はしげしげと麻里の顔を見る。

「どうしたの、私の顔に何かついているかしら?」
「いや」

隆一は首を振る。

食前酒と前菜が運ばれてくる。イタリアンとしては値段もかなりのものだが味は悪くない。しばらく世間話をしながら二人は食事を楽しむ。

いや、少なくとも隆一には楽しむ余裕はない。自分が江美子を陥れようとしていることなど素知らぬふうに、屈託なげに話す麻里が信じられない。

(麻里、いつからお前はそんな化け物のような女になった?)

聖母のような顔をして江美子を食い殺し、その後釜に座ろうとする。そんなことを隆一が許すと思っているのか。理穂を抱き込めばそれが可能だと思ったのか。

(有川とはもう切れている、と言いたいのもそういうことか? お前をずっと待っていた有川はどうなるんだ?)

隆一はたまらず麻里に切り出す。

「麻里」
「はい?」
「最近、江美子と会ったことがあるか?」
「えっ?」

フォークにパスタを巻き付けるのに夢中になっていた麻里は顔を上げ、怪訝そうな表情を見せる。

「いえ、K温泉以来会っていませんけど」
「本当か?」

隆一が念を押すと、麻里の顔が見る見る青ざめる。

「隆一さんはどこかで、私と江美子さんがいるのを見かけたのですか?」
「質問しているのは俺だ」
「まるで尋問ね」
「冗談を言っているんじゃない」

麻里はぐっと押し黙る。しばらく答えを待っていた隆一は沈黙したままの麻里に焦れて口を開く。

「渋谷のAというカウンターバーだ。そこで週に二回は江美子と会っているだろう」
「……」
「そこで男二人と待ち合わせ、四人でお前のマンションへ行く」

隆一の言葉を聞いた麻里は衝撃を受けたような表情になる。

(何をいまさら驚いている。自分がやっていることだろう)

隆一は麻里のわざとらしい演技に苛立つ。
桐 11/10(土) 17:08:01 No.20071110170801 削除
「それもいつも同じ男という訳ではない。周りから見たら男漁りそのものだ」
「……」
「別にそのことを非難するつもりはない。しかし、そんな自堕落なお前の行為に江美子を引きずり込むのはなぜだ?」
「……隆一さん」
「おまけに江美子の写真を撮らせて、ご丁寧に江美子の昔の男の名前で送ってくる。なぜそいつが俺のメールアドレスを知っているのかと不思議だったが、ようやく分かった。麻里が送っていたのだな」
「……違う、隆一さん、聞いて」

麻里は必死な表情を隆一に向ける。

「江美子がどうしてお前の男遊びに引きずり込まれたのかは分からない。暴力や脅迫を使ったという訳でないのなら、江美子のことはある程度は自己責任だ。もしそうならこのことについて麻里も江美子もそれほど責めるつもりはない」
「……」
「しかし、許せないのは理穂を使ったことだ」

麻里の表情が青ざめる。

「理穂を……」
「お前は理穂を通じて俺達の情報を得ていたのだろう? 俺達がK温泉に行くことも理穂から聞いていたか?」
「そんなことは……」
「おまけにお前は理穂を使って江美子の心を操ろうとした。江美子の不安感をあおりながら。白いマフラーはお前の差し金か?」
「白いマフラー?」
「理穂が結婚一周年のプレゼントに江美子にプレゼントしたものだ」

麻里は再び強い衝撃を受けたような顔になる。

「携帯メールを送って江美子が俺を裏切るのを見せつけ、俺が江美子に愛想を尽かすのを待っていたのか? それなのに俺がいっこうに行動に移さないから、理穂を使って探りを入れさせたか? 残念だったな。麻里の思ったようにはならないぞ」

言い過ぎているかもしれない。しかし、隆一はもはや言葉が激烈になるのを止めることができない。麻里はじっと顔を伏せ、隆一の次の言葉を待っている。

「俺がお前と別れたのは、お前が有川と不倫をしたからではない。お前が俺に対して裏切りの事実を詫びながらも、二度と繰り返さないとは約束出来ないと言ったからだ」
「……」
「あれでもう駄目だと思った。一緒には暮らせない。麻里と夫婦としてやっていくことは出来ないと」
「……わかっていました」

麻里は小声で呟く。

「何だと?」
「そのことが理由だと分かっていました。私は結婚すべきではなかったのです。でも、あなたと結婚しなかったら理穂は生まれて来なかった」

顔を上げた麻里の頬を幾筋も涙が伝え落ちている。

「あなた……隆一さん、お願いです」
「何だ」
「江美子さんに、二度と私に近づかないように言ってください」
「何だと?」

隆一は思わず聞き返す。

「何を訳の分からないことを言っている? 麻里が江美子を誘わなければ良いだけだろう」
「それが、あの時と同じなのです」
「あの時?」
「隆一さんとの別れの原因になった時です。二度と繰り返さないとは約束できないのです」

麻里は苦しげにそう言うと、隆一を見つめる。

「私も、自分の出来る限りのことはします」
「麻里……」
「隆一さん、理穂をよろしくお願いします。江美子さんとお幸せに暮らしてください」

麻里はそう言うと立ち上がり、深々と頭を下げる。そして白いコートを身に纏い、クリスマスソングの流れる青山通りへと姿を消して行った。
桐 11/10(土) 17:08:51 No.20071110170851 削除
青山のイタリアンレストランで麻里と別れてから一週間以上が経った。

バーテンダーからメールは届かない。江美子の様子も落ちついている。「水」という男からのメールもその後はない。

(麻里のやつ、諦めたか)

クリスマスイブを含む三連休を控えた金曜の夜、溜った仕事にようやく区切りをつけた隆一はひとまずほっとした心地になる。

(あんなにきつく言わなくても良かったのかも知れない)

きっと江美子にも隙があったのだ。そしてもしそうだとしたら、俺との関係に自信がもてなかったのがそうさせたのだろう。裏切られることに臆病になって、根拠のない猜疑心が江美子を追い詰めたのではないか。

このまま麻里との接触がなくなれば江美子は落ち着くだろう。今度のことはそれで終われば、男たちとの間に何があったのかなどと、江美子を追求するつもりはない。

隆一がそんなことを考えていると、突然携帯が鳴った。ディスプレイには「理穂」という名前が表示されている。

『パパ!』
「どうした、理穂」
『ママが、ママがいなくなっちゃった』
「何だって? どういう訳だ」
『ママが死んじゃうかもしれない。どうしよう、私……』
「理穂、落ち着いて話せ。どういうことだ」

理穂は泣きじゃくるばかりで会話にならない。その時、審査部のアシスタントが隆一の名前を呼ぶ。

「北山審査役!」
「取り込み中だ」
「すみません。どうしても大至急話したいという方が」
「誰からだ」
「有川さんという方です」
「有川?」

隆一は理穂に「いったん切るぞ」と声をかけ、携帯をオフにすると電話をとる。

「北山、俺だ。有川だ」
「こんな時に何の用だ」
「こんな時? 麻里がいなくなったことか」
「麻里の居場所を知っているのか?」
「知らない。しかしお前に話したいことがある」
「今はそれどころじゃない」
「今じゃなきゃだめだ。麻里の命にかかわる」
「何だって?」

有川のただならない口調に隆一は驚く。

「すぐ近くの○○ビルの喫茶店まで来ている」
「わかった。今から行く」

隆一はアシスタントに「悪いが今日はこれで上がる」と告げるとオフィスを出る。有川が指定した喫茶店はオフィスから五分ほどの場所である。有川は店の奥で深刻そうな表情をして待っている。

「挨拶は抜きだ。お前にずっと隠していたことがある」

隆一が席に着くなり有川は口を開く。

「北山は解離性同一性障害というのを知っているか?」
「なんだ、それは」

突然の有川の言葉に隆一は面食らう。

「昔はよく多重人格と言われたものだ」
「多重人格? 一人の人間の中にいくつもの人格が存在するってやつか」

いったいそれが今、麻里にどういう関係がある、と隆一は苛立つ。

「麻里がその解離性同一性障害だ」
「何だって?」
桐 11/10(土) 17:09:43 No.20071110170943 削除
隆一は驚いて有川の顔を見る。有川は深刻そうな表情を崩さず隆一をじっと見つめ返している。

「冗談を言っている訳ではない」

有川は続ける。

「解離性同一性障害には基本人格と呼ばれる元からの人格と、後で生じたいくつかの人格がある。よく二重人格という言葉があるが、この症状で人格が二つしかないのはむしろ珍しいらしい。また主に発現するものを主人格、それ以外を交代人格というが、麻里の場合は基本人格が主人格になっている」
「交代人格のうち最も多く発現し、一時的には主人格をしのぐほどのものがある。麻里のそれは自分ではマリアと名乗っている。主人格の麻里は純情で慎み深く、性に対しては臆病だ。一方交代人格のマリアの方は奔放で、麻里とは対照的な性格だ」
「ちょっと待て、有川」

隆一が有川の言葉を妨げる。

「どうしてお前は麻里がその解離性同一性障害だということを知っている?」
「本人から聞いた」
「本人からだと?」
「ああ、学生の頃、本人に聞いたんだ。マリアからな」

有川の言葉に隆一は再び驚く。

「ずっとおかしいと思っていた。女には二面性があるというが、お前に対する麻里の態度と、俺に対する態度がまるで違う。お前を出し抜いて夜、麻里とデートしたことがあるが、翌日の朝そのことを話題に出しても、まるで覚えていないという顔をしている。そして昼間はお前に親しげにしている。俺には訳が分からなかった」
「ある夜、麻里と一緒にいた時、我慢出来なくなって問いただした。どうして昼間は俺に冷たい態度を取るのかと。すると麻里はあの大きな目を一瞬見開いて、次に笑い出した──」

----------------------------------------------------------------------

「あれは私とは別の人間。夜のことを覚えていないのは当たり前よ」

麻里は有川に向かって悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「どういう意味だ?」
「区別するために夜の私といる時はマリアと呼んでちょうだい」
「マリア……」
「聖母様の名前よ」

麻里はそこでもう一度ほほ笑んだ。

----------------------------------------------------------------------

「──最初俺は麻里、いや、マリアからからかわれているのだと思った。しかし、ずっと付き合っているうちに、マリアの言っていることは比喩でも冗談でもないことがわかった」

有川はそこでいったん言葉を切り、隆一を正面から見る。

「北山、解離性同一性障害というのは、何が原因で起こるか知っているか?」
「いや……」

隆一は首を振る。

「多くは幼少期の虐待だ。性的なものを伴うことが多い。お前に心当たりはないか」
「あ……」

隆一は麻里の父親のことを思い出す。

麻里は幼いころに母親を亡くし、ずっと父と娘の二人暮らしだった。麻里の父は暗くなよっとした男で、隆一はどちらかというと苦手なタイプだった。二人の披露宴の際も言葉は少なく、花嫁の晴れ姿を見ても無言で皮肉っぽい笑みを浮かべているような男だった。

隆一と麻里が結婚してから五年ほど後に癌で亡くなったが、その時の麻里はさほど悲しみも見せず、淡々としていたことを覚えている。

「麻里は小学校高学年から中学生くらいまで、父親から日常的に性的な悪戯をされていたんだ」
「何だって?」

隆一は耳を疑う。
桐 11/10(土) 17:10:51 No.20071110171051 削除
「人はあまりにもつらいことが起きると、それは自分ではなくて自分の中の他人、別の人格の身に起きているんだと思い込むことによって自分を守ろうとする。そうやって麻里の中に生まれたのがマリアだ。マリアは不道徳で、性に対してもだらしなく、父親からそんな悪戯をされても仕方がない女だ。しかし、俺はそんなマリアにどうしようもないほど恋をした」

有川の告白は続く。

「これは絶対にかなえられない恋だ。麻里の身体はほとんどの時間を主人格が支配している。交代人格のマリアが現れるのは週に二、三日ほど、それも主に夜だけだ。マリアにはそもそも一人の男を守ろうという貞操観念はないから、俺だけではなく他の男とも付き合う。それが俺には耐えられないほど苦しかった」

「誤解を恐れないで言えば、俺が好きなのはあくまでマリアであって麻里ではなかった。しかし、マリアとそっくりの女が――本人なので当たり前だが――昼間お前と親しげに話しているのを見るのもつらかった。また、清楚で貞操観念の強い主人格の麻里は、真面目な北山とお似合いなのも分かっていた」

「交代人格は主人格が出現している間も、主人格の行動を観察し、その体験を共有することが出来るらしい。逆に主人格は、交代人格が支配している間自分が何をしていたか覚えていない。麻里とお前が親しくなっていくにつれて、それを観察しているマリアに変化が生じて来た。ある時マリアが俺に、関係を終わりにしようと告げた」

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「お前まで隆一が好きになったのか」
「そうじゃないわ」

マリアは苦笑する。

「このままいったらいずれ修羅場になるわ。私、そういうのは苦手なのよ。それに交代人格は主人格があっての存在よ。隆一と結婚することが麻里の望みなら、それを叶えた上でうまくやっていくしかないのよ」
「それならこれからも俺と付き合ってくれればいいじゃないか」
「だから、そうすると修羅場になると言っているでしょう?」

マリアはくすくす笑う。

「俺と別れて、マリアはどうするんだ」
「そうね、しばらく『部屋』の中に閉じこもっているわ」
「部屋?」
「人格の中に部屋があるのよ。表に登場しない人格はそこで静かに暮らしているの。色々な仲間がいるから退屈しないわ。男だっているのよ」

有川は寂しさに胸が締め付けられそうになってマリアに尋ねる。

「もう帰ってこないのか」
「そんなことはないわよ」

マリアは優しげに笑う。

「また会いましょう、誠治。色々な男と付き合ったけれど、あなたが一番好きよ」
「隆一よりもか」
「隆一よりもよ」

マリアはそう言うと、有川に軽く接吻をした。

----------------------------------------------------------------------

「それが俺とマリアの別れになった。その後麻里はお前のプロポーズを受け入れた。お前は、俺とマリアが付き合っていたことを薄々知っていた。もちろんそれが麻里の交代人格だとは気づかなかっただろうが」

「俺がお前と麻里の結婚式の司会を引き受けたことに驚いたかもしれないが、そのこと自体は俺にとって大したことではなかった。俺はマリアを失う事で十分辛い思いをしていた。お前と結婚するのは麻里であってマリアではない」

「その後約束どおりずっとマリアは現れなかった。俺は麻里の解離性同一性障害がこういった形で治るのなら、寂しいことだがそれはそれでしょうがないと諦めかけたころ、突然マリアが俺のところにやってきた」

----------------------------------------------------------------------

「麻里の馬鹿が職場放棄したのよ」

マリアは有川が勤めるオフィスの応接間のソファに腰をかけると、うんざりしたような声で有川に告げる。
桐 11/10(土) 17:11:36 No.20071110171136 削除
「せっかく希望の職場に転職出来たのに、プレッシャーかしら。麻里は真面目すぎるのよ。理穂のことももっと手を抜いてもいいのに」
「おかげで私が急遽代打で登場。でも、このところずっと部屋に閉じこもりっぱなしで、麻里のことも観察していなかったから仕事の会話もチンプンカンプンだわ。誠治、昔の誼みでちょっと手伝ってくれない?」
「マリア……」

有川は10年ぶりに会った「恋人」の姿を呆然と見つめている。

「もちろん無料奉仕とは言わないわ。ずっと部屋の中に閉じこもりっぱなしの禁欲生活でイライラしているのよ」

マリアはそう言うと意味ありげに足を組み直し、妖しく有川にほほ笑みかける。

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「俺はひさしぶりにマリアを抱いた。お前には申し訳なかったとは思っている。しかし、俺は10年以上マリアを待って、ずっと独りでいたんだ。言い訳をさせてもらうなら、お前から麻里を奪うつもりは全くなかった。俺が好きなのは一貫してマリアだけだ」
「しかし、ある時マリアが悪戯心を起こした。俺に抱かれている最中にいきなり部屋に閉じこもったんだ。当然主人格である麻里が現れた」
「何だって?」

隆一は耳を疑う。

「人格交代の様子をこの目で見た俺も驚いたが、麻里はもっと驚いただろう。気がつけば俺の上で素っ裸のままつながっていたのだからな。麻里は混乱してパニックのようになり、次に激しく俺を責めた。俺が無理やり麻里に酒か薬でも飲ませて正体を失っているときに抱いたと思ったのだろう」

「俺はしょうがなく、必死で麻里を落ち着かせようとした。麻里はひどく興奮していたが、俺が解離性同一性障害のことを説明すると、徐々に落ち着きを取り戻していった。麻里はマリアとは違って自分がそれだとは知らなかったようだが、ある程度思い当たるところはあったのだろう。過去、頻繁に記憶がなくなるのは酒のせいだと思っていたようだ」

「マリアはほんの冗談のつもりだったらしいが、麻里にとっては大変なショックだったようだ。その後はマリアもそういった悪戯はやめるようになったが、俺との関係は続いた。しかし麻里はずっとそのことに罪悪感をもっていたのだろう」

「麻里にとってもっとも堪えたのは、自分がマリアの行動を制御できないということだ。そしてマリアが再び部屋から出るきっかけを作ったのが、無意識的ではあったが自分の弱さがそうさせたことだった」

「麻里は治療のためカウンセリングに通ったが、解離性同一性障害が極めて治療が困難な人格障害だということを知ってショックを受けた。また、カウンセリングの過程で自分が過去、父親から悪戯されている時、その肉体的・精神的苦痛は交代人格のマリアが引き受けていたこともわかり、マリアに対して罪悪感を抱くようになった」

「一方、マリアはタガが外れたように俺との関係に溺れた。そんな麻里の異常にお前が気づかないはずがない。そしてあの破局が訪れた」

隆一は苦しげな表情で有川を見る。

「どうして俺に言ってくれなかった」
「解離性同一性障害のことをか?」
「そうだ」
「麻里から堅く口止めされていた」
「なぜだ」
「事実を告げたら、お前は絶対に麻里と別れないだろう?」
「当たり前だ。そんな麻里の苦しみを放っておけるか」
「それを麻里は恐れたんだ」

隆一はいきなり頬を殴られたような顔付きになる。

「麻里と一緒に暮らすということは、彼女の中のマリアも許容するということだ。マリアには貞操観念はない。お前は自分の妻が他の男に抱かれても耐えることができるのか?」
「俺が……一緒に麻里を治す」
「お前はこの障害のことを良くわかっていないからそんなことが言える。解離性人格症候群はいまだ確立された治療法すら存在しないやっかいなものだ。以前は人格統合が最善の治療法だと考えられていた。しかし、麻里とマリアの人格は違いすぎて統合は極めて難しい。また、マリアが持っている心的外傷体験を下手に麻里が共有してしまうと、麻里までが壊れ、パニックや自殺の原因になることもある」
「自殺……」

隆一は有川の言葉に息を呑む。
桐 11/10(土) 17:12:13 No.20071110171213 削除
「交代人格であるマリアが持っている心的外傷を治癒していくしかない。それは長く、今期のかかる作業だ。お前はそれを、マリアといっしょにやっていくことが出来るのか」
「……出来るかどうか、やってみなければわからないだろう」
「いや、わかる。マリアのことは俺が一番分かっている」

有川は首を振る。

「北山、麻里の気持ちを分かってやれ。麻里がどんな思いでお前との別れを選んだのか。お前を苦しめたくなかったんだ」
「麻里……」

隆一は頭を抱える。

「そして、何よりも理穂ちゃんを苦しめたくなかった。マリアの人格に変貌したところを、娘には絶対に見せたくなかった。また、自分の存在が娘の将来の重荷になることを恐れた。そんな麻里の気持ちを分かってやってくれ」

(俺はなんていうことを……)

有川の説明から、すべてのことが腑に落ちる。どうして麻里が有川と不倫をしたのか、どうして「二度と繰り返さないと約束することは出来ない」といったのか……。

あの言葉は麻里の誠意だったのだ。麻里はたった一人で苦しんでいたのだ。

「有川、お前は電話で麻里の命がどうとか言っていたが」
「そのことだ。水曜の夜に麻里からメールが入った。マリアではなくて、麻里の方からだ」

有川は表情を引き締めて話し出す。

「マリアが江美子さんに接触するのを止めてくれ、と言っていた。自分もできるだけのことをすると。俺はそのメールを見たとき、麻里が自殺する気なのではないかと思い、慌てて麻里に電話をした。しかし出たのはマリアだった」

----------------------------------------------------------------------

「自殺ですって?」

マリアが聞き返す。

「あのバカ、何を考えているのかしら。こっちが折角、色々と骨を折ってあげているというのに」
「マリア、お前はいったい何をしているんだ」
「麻里を隆一のところに返してあげようとしているのよ」
「返すだと?」

マリアの言葉に有川は耳を疑う。

「そんなことが出来るはずがないだろう。北山にはもう江美子さんという妻がいるんだぞ」
「だからいいのよ」

マリアは楽しそうにくすくす笑う。

「理穂が母親を欲しがっているのよ」
「理穂ちゃんが……」
「私の悪ふざけで麻里が離婚することになったのことは、これでも責任を感じているのよ。理穂のことも嫌いじゃないし。麻里の娘ってことは私の娘でもあるからね」
「馬鹿な」

有川は耳を疑う。

「北山が今さら江美子さんと別れて、麻里と復縁するわけがないじゃないか」
「別に別れなくてもいいのよ。麻里と江美子、両方自分のものにすれば良いでしょう?」
「……どういう意味だ?」
「その時には江美子は私の役割を演じてもらうわ」
「マリアの役割?」
「いい、麻里はもう一度隆一のものにする。麻里の交代人格である私は以前のようにあなたにも抱かれ、他の男にも抱かれる。江美子も私と同じように隆一にも、娼婦のように他の男にも抱かれる。これで麻里は隆一に対しても、江美子に対しても罪悪感を持つ必要はなくなるのよ」

マリアは声を弾ませながら続ける。
桐 11/10(土) 17:12:45 No.20071110171245 削除
「隆一の方だって同じ。自分が江美子を抱いているのなら、交代人格の私が身体を支配しているときに、あなたに抱かれる麻里を責めることはできないわ」
「そんなことがうまく行くものか。だいたいそれでは江美子さんの感情はどうなる」
「それをうまく収まるように色々と細工をしているんじゃない。江美子が私と同じように、色々な男に抱かれることに喜びを感じる、娼婦のような恥知らずの女になれば何の問題ないわ。つまり隆一はよき妻、よき母としての麻里と、欲望のはけ口としての江美子の二人の妻を得ることになるのよ」

マリアはそこまで話すと再びクスクスと笑い出す。

「理穂ちゃんがそんな不自然な関係を受け入れることが出来るものか」
「少なくとも理穂には、交代人格の私になった麻里の姿を見せずにすむわ。江美子はもともと慎みのない不倫女。理穂が気にする相手じゃないわ」
「マリア……」
「とりあえず麻里の馬鹿な行動を止めないとね」

マリアはそこで電話を切る。

----------------------------------------------------------------------

「……それ以来マリアと連絡が取れない。マンションを訪ねてみたが、帰っていない」

有川の話を聞き終えた隆一はしばらく呆然としていたが、やがて口を開く。

「ひょっとしてK温泉に行っていないか?」
「実は俺もそう思ってTホテルには連絡してみたが、来ていないそうだ」
「ホテルが守秘義務の関係で隠しているということはないか?」
「この前泊まった時は俺の妻ということにしておいたから、それはないとおもうが」

有川は首をひねる。

「理穂も連絡が取れないそうだ」
「そうか……」

隆一の不安が極限まで高まった時、携帯がメールの着信を告げる。ディスプレイには、渋谷のバーのバーテンダーの名前が表示されている。

「麻里が、いや、マリアが渋谷に現れた。おそらくは江美子も一緒だ」
「何だって?」

隆一が立ち上がると有川も後に続く。

「俺も一緒に行く。麻里のマンションの合鍵を持っている」
「わかった」

隆一は喫茶店を出るとタクシーを拾う。渋谷に向かうが、年末の金曜日だけあって道は混んでいる。

(電車で行くべきだったか……)

隆一は苛々しながらすっかりクリスマス一色になっている街並みを眺める。

「有川」
「なんだ」
「お前はマリアのカウンセリングにずっと付き添っていたのか」
「ああ」

有川はうなずく。

「とは言っても、マリアはお前と麻里が結婚している間はずっと部屋の中に閉じこもっていたし、その後も出現するのは週に二、三度、それも夜だけだ。カウンセリングはあまり進んでいない」
「麻里の方はどうなんだ」
「解離性人格症候群の原因となった精神的外傷があるのは交代人格のマリアの方だから、麻里のカウンセリングはそれについてはあまり意味がない。ただ……」

有川は口ごもる。

「ただ、何だ?」
「麻里はひどく傷ついている」
「どうしてだ」
「決まっているだろう。お前と別れなければならなくなったからだ」

有川の激しい口調に隆一は言葉を失う。
桐 11/10(土) 17:13:19 No.20071110171319 削除
「俺は麻里を少しでも癒してやりたかった。K温泉に行ってお前と江美子さんに会わせたのも、麻里の気持ちに区切りをつけさせることと、出来れば江美子さんを交えてでも、理穂ちゃんと定期的に会うことがの出来ればと思ったからだ」
「俺と江美子がK温泉に行くことは、理穂から聞いたのか?」
「理穂ちゃんは江美子さんがお前と結婚してからは、江美子さんに気を使って麻里とは連絡をとっていない」
「それなら、どうして?」
「理穂ちゃんがブログを開いていることを知っているか?」
「ブログだって?」

隆一は有川の意外な言葉に聞き返す。

「理穂はパソコンはやらないが」
「ブログは携帯でも更新出来る。マリアが偶然理穂ちゃんのブログを見つけた」
「そんな偶然があるのか?」
「結構人気のあるブログらしい。両親が離婚した女子中学生のブログってことでな」

隆一がショックを受けているのを見て、有川は「悪かった」と声をかける。

「俺が原因をつくっておいて、無神経だった。とにかくそのブログの存在を俺が麻里に教えた。さっきも言ったが、マリアの記憶は麻里は共有出来ない。だから必要に応じて俺はマリアから麻里への仲介役になった」

「麻里は理穂ちゃんのブログに匿名で書き込みをするようになった。自分が母親であることを明かさずに理穂ちゃんの悩みに色々とアドバイスをするのが麻里にとっての唯一と言って良い楽しみになった。理穂ちゃんが普段は強がりを言っているが本音では母親と会いたがっていることを知ったのもそのブログを通じてだ」

「麻里はお前と江美子さんがK温泉へ行くことを知った。理穂ちゃんは家族の思い出の場所へお前達二人が行くことを否定はしていなかったが、お前と麻里の三人で言った旅行のことを思い出すと寂しくてたまらないと……」

(麻里……理穂……)

隆一の心の中に深い後悔が湧き起こる。

(俺はなんて自分勝手だったのか。俺の知らないところで麻里が、そして理穂がそんな深い悲しみに苦しんでいたとは。二人の苦しみも知らず、江美子という新しい伴侶を得た俺だけが浮かれていたのか)

「理穂はコメントの相手が麻里だとは知らなかったのか」
「まさか……」

有川は首を振る。

「中学生とはいえ、女の勘を甘く見るもんじゃない。お互いに気づかないふりをしていただけだ。しかしそれが結果として、マリアにお前達、特に江美子さんの行動を把握させる手段となった」

「隆一、マリアは父親から、言葉に出来ないほどのおぞましい仕打ちを受けている。それが江美子さんに対する加虐性に向かっている危険性がある。俺がマリアを制御出来なかったために江美子さんに何かあったら――」
「わかっている」

隆一はうなずく。

「そうならないように、麻里、いや、マリアを止めなければ」

ようやくタクシーは目的地につく。隆一と有川は車から降りると、地下のバーへ向かう。
桐 11/10(土) 17:43:03 No.20071110174303 削除
「いらっしゃいませ」

バーテンダーは隆一の顔を見ると緊張した顔付きになる。

「だいぶ前に出られました。もう一時間くらいたつでしょうか」
「一時間……」
「なかなかお客が切れなくて、連絡が少し遅れました。すみません」
「いや、いいんだ。ありがとう」

隆一は1万円札をバーテンダーに握らせると店を出る。有川が後から続く。路上でタクシーを止め、麻里のマンションに向かう。

「マリアがこの店で会っている男たちに心当たりはないか?」
「いや、知らないな。俺がマリアに会うのはもっぱら休日だ。それにここのところ、会ったのはK温泉くらいだ」
「有川」
「なんだ?」
「本当のことを言ってくれ。俺がK温泉で会ったのは麻里とマリアのどっちだ」

有川はしばらくためらっていたがやがて口を開く。

「あれは……麻里だ」
「それなら露天風呂では、麻里を俺の前で抱いたのか?」
「すまん……麻里にそうしてくれと頼まれたんだ。そうすると隆一の自分に対する未練が消えて、江美子さんと仲良くやっていけると」
「麻里が……そんな……」

隆一は胸が衝かれるような思いになる。

「理穂ちゃんのためでもある。理穂ちゃんを江美子さんに託そうとしたんだ。マリアはそんな優しい麻里が歯痒かったんだろうな」

タクシーは麻里のマンションにつく。隆一は料金を払い、車を降りてエントランスへ向かう。

「俺が鍵を持っている」

有川がオートロックを解錠する。

「806号だ」

隆一と有川はエレベーターに乗り込む。麻里のマンションに到着し、有川がドアのロックを開ける。

「マリア、いるか」

有川はマリアの名を呼びながら部屋に入り、隆一がその後に続く。リビングに入るとしどけない下着姿の麻里――マリアがソファに横座りになっていた。

「あら、誠治じゃない」
「無事だったのか」
「なんとかね。でも間一髪だったわ。あの馬鹿女、K温泉の吊り橋の上から飛び降りようとしたのよ。交代人格の私が部屋から飛び出すのが遅ければ、岩場へ真っ逆さまだったわ」

マリアはそう言うと苦笑する。

「でも、落ちる寸前に気を失っちゃったのよ。あの女、いつも詰めが甘いんだから。必死でロープにしがみついたけれど、おかげでこのざまよ」

マリアは有川に向かって広げた手を見せる。そこには無数の擦り傷があった。

「身体もあちこち打撲があって……でも、ちょうど温泉にいたのでいい湯治になったわ。麻里を部屋の中に押し込めるのにも時間がかかって、今日ようやくこっちへ戻ってきたところよ」

マリアはそう言うと、隆一のほうを見て微笑む。

「隆一も久し振りね。いえ、この前渋谷のバーであったかしら」
「気づいていたのか」
「あんな下手糞な変装。気づかない方がおかしいわよ。何年の付き合いだと思っているの」

マリアはくすくす笑う。
桐 11/10(土) 17:43:35 No.20071110174335 削除
「もっとも、江美子は分からなかったみたいだけれどね。あの女、最近全然周りが見えていないから」
「江美子はどこにいる?」
「寝室よ」

有川が「こっちだ」と指で示す。隆一は寝室へ向かうとドアを開けようとするが、鍵がかかっている。

「江美子」

隆一は江美子の名を呼ぶが返事がない。ドアに耳を近づけると、中から複数の男と江美子の声がする。

(あーん、お尻が、お尻が、裂けちゃいそうっ)
(もうちょっとで根元まで入るんだ。我慢しないか)

パシッと肉を叩く音。

(あっ、い、いやーん)
(ギャアギャア煩いから俺のチンポでも咥えてな)
(うっ、ううっ、うぐっ……)

「江美子っ!」

隆一がドアのノブを必死でひねるが、びくともしない。

「落ち着け、北山。この手の内鍵は外から開けられるんだ」

有川はポケットから硬貨を取り出すと、ドアノブの中央の溝に当て、ぐるりと回す。ドアは解錠され、隆一と有川は部屋の中に入る。

「江美子!」

素っ裸の江美子がベッドの上に四つん這いになり、若い男二人が江美子の前後に取り付いている。一人は豊かな臀部を抱え込むようにしながら、淫具で江美子の肛門を嬲っている。もう一人の男は江美子の口に怒張した逸物を咥えさせ、ゆっくりピストン運動を行っている。

江美子の痴態に唖然としている隆一の背後からマリアの声がする。

「間違えないでね、隆一。これは互いの合意の上でやっているのよ。この男たちには絶対本番はしないという条件で江美子の調教をお願いしているの。江美子も了解していることよ」
「調教だと……」
「隆一好みの女になるためよ」
「どういうことだ」

隆一はマリアを睨みつける。マリアは挑みかかるような目を隆一に向けている。

「とにかくすぐにやめさせろ」

マリアは静かな笑みを浮かべながら沈黙している。苛立った隆一は男たちに向かって「やめろ、貴様ら。江美子から離れろ」と怒鳴りつける。男たちはそこでようやく隆一に気づいたような顔になる。

「何だ、おっさん」

一瞬男たちは凶暴な顔付きになるが、マリアが男たちに声をかける。

「悪いけど、今日のところはこれでおしまいにして」

男たちは隆一の必死な表情を見ると「ちっ、シラケるな」と捨てぜりふを吐き、江美子の身体から離れ、服を着る。

「ごめんね、今度埋め合わせをするわ」
「よろしく頼むよ、マリア」

若い男たちはマリアにそう声をかけると部屋から出て行く。

「ああーん、ねえ、もう終わりなの?」

江美子は素っ裸のままベッドの上に座り込み、痴呆のような表情を浮かべている。

「気にしないでね、ちょっとクスリをやっているから普通じゃないのよ」
「クスリだと?」
桐 11/10(土) 17:44:05 No.20071110174405 削除
「私が医者から処方されているものや、『A』のお客からもらったものを少しね。ほら、隆一も横浜で会ったそうじゃない?」

隆一は横浜駅近くで江美子にからみ、また月曜の夜にバー「A」で見かけた中年男の顔を思い出す。

「江美子、しっかりしろ」
「あなた……」

隆一が抱き起こすと、江美子は惚けたような顔で隆一を見る。

「麻里さんに教えてもらっていたの……どうやったらあなたの好みの女になれるか」
「江美子……こんなことをやる必要はないんだ」
「あなた……隆一さん……まだ麻里さんのことが好きなんでしょう……」

江美子は潤んだ瞳を隆一に向ける。隆一は言葉を失い、江美子を見つめ返す。

「分かっていたわ……私、ずっと……K温泉であなたが麻里さんのことを見る目……それを見て以来……」
「それは……」
「私、怖かった……いつかあなたが麻里さんのところへ帰っていくんじゃないかと……あなたを失うのが嫌だったの……だから私は……」

江美子はもどかしげに裸身を隆一に押し付ける。

「……ああ、あなた……不倫女の江美子をお仕置きして……」

江美子はそう言うと隆一の腕の中で崩れ落ちるように気を失った。

「江美子、江美子、しっかりするんだ」

隆一は江美子を抱きしめ、声をかける。マリアはそんな二人の様子を皮肉っぽく眺めていたが、やがて口を開く。

「もうちょっとで淫乱女の完成だったんだけれど……惜しいことをしたわ」
「麻里、いや、マリア……お前は……」
「あら、怖い顔ね。隆一」

マリアはくすくす笑う。

「私をマリアと呼ぶということは、誠治から解離性人格症候群のことを聞いたのね」
「なぜこんなことを……」
「偉そうなことを言っても、隆一が結局淫らな娼婦のような女、つまり私のような女が好きだからよ」
「なんだと」

隆一はそこにいるのが麻里の交代人格であることも忘れ、かっと頭に血がのぼる。

「俺が好きなのはお前じゃない。主人格の麻里だ」
「あら、あなたと麻里との結婚生活の間、私が一度も部屋から出なかったとでも思っているの?」

マリアは妖艶な瞳を隆一に向ける。

「私たち、何度も愛し合ったじゃない。わからないの」

隆一はマリアの言葉に愕然とする。時折昼間の清楚な姿が信じられないほど、娼婦のように淫らに振舞った麻里、それは交代人格のマリアが現れていたからだったのか。

それなら翌日になって麻里が不安そうな態度を示していたことも納得できる。麻里はマリアに交代したときに生じる記憶喪失に悩んでいたのだ。

(俺はよく、セックスの最中はあんなに乱れていたのに突然我に返ったように恥ずかしそうにする麻里をからかった。それが麻里をたまらなく不安にさせていたのか)

隆一の顔色が変わったのを認めたマリアは、勝ち誇ったように続ける。

「隆一には私のような女が必要なのよ。だけど、たまにするセックスの相手が隆一だけなんて生活、もうたくさんだわ。だからその役割をここにいる江美子に代わってもらおうと思ったのよ。江美子は隆一のためなら何でもするみたいだし、私の代わりにはぴったりだわ」

「そして私も解放される。麻里が隆一と結婚している間、私はずっと部屋の中で息を潜めていなければならなかった。もちろん自分でそうしようと決めたことだけれど、無理は続かないわ。結局私は外へ出てきてしまった」

マリアは低い声で話し続ける。
桐 11/10(土) 17:45:10 No.20071110174510 削除
「そんな勝手なことが許されるのか」
「何が勝手なの?」

隆一の言葉にマリアは気色ばむ。

「いい? あの男に組み伏せられているとき、麻里はずっと部屋の中で隠れていたのよ。私があの男から代わりに犯されたの。毎日、毎日、来る日も、来る日も、私は麻里に代わって痛み、苦しみ、恐怖、そして屈辱を引き受けた……」
「……」
「そのおかげで麻里には、そのときの辛い記憶はない。でも、これ以上犠牲になるのはごめんだわ。私は麻里と一緒に心中するつもりはないわ。隆一と別れたこと、理穂と離れ離れにならなかったこと、それがどうだって言うのよ。私が受けたのとは比べものにならない程度の苦しみで、私を道連れにしようだなんて、その方が勝手じゃないの?」

隆一は返す言葉を失い、マリアを見つめている。

「結局私と麻里の人格を統合することに無理があるのよ。私は私、麻里は麻里で自由に生きればいいのよ」

そう言い放ったマリアは急に頭を抑え、「ううっ!」と悲鳴を上げる。

「どうした、マリア」

有川が駆け寄ろうとすると、マリアは金切り声を上げる。

「出てこないでっ!」
「マリア!」

マリアの悲鳴のような声は、有川に対するものではない。

「そんなことはさせないわっ!」

隆一は呆然として激しく苦しむマリアを見つめている。

「人格交代だ」

有川が呟く。苦悶するマリアは黒髪をかきむしる。サブリナカットのウィッグが頭から剥がれ落ち、ウェーブのかかった栗色の髪が姿を現す。やがてマリアは一声、獣のような悲鳴を発し、はあ、はあと荒い息を吐きながら顔を上げ、隆一を見るが、その顔つきはそれまでとは一変している。

「隆一さん……」

険しさの消えたその顔は麻里のものだった。

「隆一さん、私……」

麻里は不安げに辺りを見回す。素っ裸のまま横たわっている江美子の姿を認めた麻里は、驚愕に目を見開く。

「私、何てことを……」

麻里はそこで、マリアが江美子に対して何をしたのかを悟る。麻里は悲鳴をあげると立ち上がり、発作的にキッチンへ駆け込む。

「麻里っ!」

隆一が麻里の後を追う。麻里は食器棚の引出しから包丁を取り出すと、自分の手首に当てようとする。

「やめろっ!」

隆一は必死で麻里を押さえ込み、包丁を奪おうとする。

「死なせてっ! 隆一さんっ」
「馬鹿なことをするなっ。理穂が悲しんでもいいのかっ」
「理穂……」

麻里の力が抜け、包丁が手から落ちる。麻里はわっと声をあげて泣き出し、隆一の胸にしがみつく。

「あなた……隆一さん……ごめんなさい、ごめんなさい」
「麻里……」

隆一は麻里の背中に手を回すと、ぐっと抱き寄せた。

「俺こそすまなかった……お前の苦しみを何も知らないで……」
「隆一さん……」
「自殺なんか絶対に駄目だ。理穂が悲しむ……それに……」

隆一はいったん言葉を切り、麻里を見つめる。

「俺も悲しいんだ。死なないでくれ、麻里」
「ああ……」

いつまでも隆一の胸の中ですすり泣いている麻里の姿を、有川が少し離れたところでじっと眺めていた。
桐 11/10(土) 17:45:41 No.20071110174541 削除
「今日はクリスマスイブだからお休みなの?」
「馬鹿だな、振替休日だ」
「パパは冗談が通じないんだから」

理穂は昨日横浜で、江美子と一緒に選んだばかりの大人っぽいワンピースを身につけ、玄関でこれも新しいブーツに必死で足を入れながらはしゃいでいる。隆一はツイードのジャケットにパンツという姿である。

「理穂ちゃん、これ、忘れちゃ駄目よ」

江美子は理穂に白い紙袋を手渡す。理穂がはにかみながらその小さな紙袋を江美子から受け取る。そこには麻里に対するプレゼント──江美子に贈ったものと同じマフラーが入っている。

「江美子さん……ごめんなさい」
「気にしないで、久しぶりの家族三人のイブを楽しんできて」
「それだけじゃなくて……」

理穂は江美子を真剣な目で見つめる。

「いいのよ、理穂ちゃん」

理穂は決して江美子を疎んじていたわけではなかった。むしろ江美子の中に母、麻里の面影を認め、ずっと惹かれていたのだ。しかし、心のままに江美子に甘えることが母親に対する裏切りのように思えて、理穂は素直になれなかったのである。

理穂は自分のブログに、江美子に対する愛憎半ばした気持ちを書き連ねていた。理穂は、それが麻里の交代人格であるマリアに利用されたことまでは気づいていない。

麻里の解離性人格症候群については、隆一は理穂に対してゆっくり時間をかけて説明していくつもりらしい。

マリアが受けた精神的外傷をどうやって癒していくのか、そして麻里の解離性人格症候群をどうやって治療していくのか。解決しなければいけない問題はたくさん残っている。有川との不倫が「麻里」の罪ではなかったことが分かった今、これから隆一はそれらの問題にどうやって臨んでいくのか。

とりあえず隆一は、これから月一回、麻里が隆一の同席の上で理穂と面会することについての許可を江美子に求めた。


「もちろんかまいません、隆一さん」

江美子は隆一にきっぱりと頷く

「江美子、すまない……」
「いいんです」

江美子は隆一に微笑みかける。

「私こそ馬鹿なことをしてごめんなさい」
「いや、江美子が悪いんじゃない。江美子はむしろ被害者だ。俺がぼんやりしていたばかりに、すっかり巻き込んでしまった」
「麻里さんは隆一さんを裏切っていなかったんですね」
「ああ」
「やっぱり、隆一さんが選んだ人です。それに引き換え私は……」

江美子は俯くと声を震わせる。

「……醜い不倫女です。隆一さんの妻にはふさわしくありません」
「馬鹿な、そんなことはない」

隆一は首を振る。

「いいんです。隆一さんの心の中に麻里さんが住んでいても……でも、二番目で構いませんから、私も隆一さんの妻でいさせてください」
「俺の妻は江美子一人だ」
「いいじゃないですか」

江美子は顔を上げて微笑む。大きな黒い瞳は涙で濡れている。

「妻が二人いたって……隆一さんは贅沢者ですわ」

そう言うと江美子は隆一にキスをした。
桐 11/10(土) 17:46:13 No.20071110174613 削除
「それじゃあ、すまないな。江美子」
「江美子さん、ごめんなさい」
「もう、二人とも何度も謝らなくていいわ」

身支度を整え、玄関でしきりに恐縮している隆一と理穂に江美子は笑いかける。

「ゆっくり買い物でもしてきます」
「10時には帰ってくる。だから……」

隆一がそう口にすると、理穂が「それからは大人の時間ね」と口を挟む。

「理穂」

江美子の頬が忽ち赤くなり、隆一は理穂を睨むが、理穂がきょとんとしているので思わず二人で噴き出す。

「行ってらっしゃい」


隆一と理穂を送り出した後、江美子は着替えると自宅を出る。横浜から快速の湘南新宿ラインに乗ると40分ほどで渋谷に着く。そこからタクシーに乗り、10分ほど走る。中層マンションの前で江美子は降りる。

エントランスでテンキーを押すと「はい」と男の声がする。

「江美子です」
「入れ」

オートロックが開錠され、江美子は中に入る。エレベーターに乗り8階で降り、目的の部屋の前に立つ。ドアが開けられ、男が顔を出す。

「来たか」
「はい」

有川はにやりと笑うと江美子を招きいれる。

「ちゃんとつけてきたか」
「はい」
「見せてみろ」

江美子は頷くと白いコートを脱ぐ。セーターとスカートを脱ぐとその下はノーブラ、赤いバタフライのようなパンティだけの裸だった。バタフライの下、股間にはピンクのローターが挟まれており、低い機械音を立てている。

「裸の上にセーターを着ると、肌がチクチクするだろう」
「はい、チクチクします」
「だが、それが気持ちいいんじゃないのか? ローターの相乗効果もあるからな」
「……」

江美子は羞恥に頬を染めて俯く。

「どうなんだ、言ってみろ」
「それは……」
「こんなに乳首を立てやがって、気持ちいいんだろう」
「はい……」

江美子は顔を上げる。その大きな瞳は情欲に潤んでいる。

「気持ちいいです」

江美子はそう言うと有川の腕の中に崩れ落ちていった。


1時間後、江美子は素っ裸で有川に騎乗位で跨り、激しく腰を上下させながら快楽の喘ぎ声を上げていた。

「あっ、ああっ、気持ちいいっ……」
「どこが気持ちいいんだ、言ってみろ」
「ああ……言えない、言えません……」
「言わないかっ」

有川が江美子の豊満なヒップをパシリッと平手打ちする。

「ああ、お、オマンコっ」
「誰のオマンコだ」
「江美子の、江美子のオマンコ」
「よし」

有川は満足げに笑う。

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