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北原夏美 四十路 初裏無修正

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桐 11/10(土) 09:21:54 No.20071110092154 削除
結局月曜の夜、江美子は終電ぎりぎりで帰ってきた。

「仕事が溜まっちゃって、ごめんなさい……」

玄関に出迎える隆一に言い訳をしながら江美子は靴を脱ぐ。心なしか、隆一と視線を合わさないようにしているようである。

「大変だったな」

隆一は江美子に対する疑いを口に出さない。メールが来たことももちろん黙っている。

(本当に仕事だったかもしれないからな……)

隆一は理穂からのプレゼントの白いマフラーを首から外す江美子を見ながら、ありえない事とは思いつつそう心の中でつぶやく。

「シャワーを浴びてきます」
「先に寝ているぞ」
「わかりました。お休みなさい」

江美子はそう言うと、隆一の目を避けるように浴室へ消える。隆一はベッドに入るが目がさえて眠れない。やがて寝室のドアが開き、江美子が入ってくる。

「あなた……もう休まれたんですか」
「いや」
「そっちへ行っても良いですか?」

江美子が掠れたような声で隆一に声をかける。

(何を考えているんだ、この女は)

麻里のマンションで本当に男に抱かれてきたのなら──それはすでに疑いから確信に変わりつつあるが──その後すぐに夫にセックスを求めるなど、相当の神経だ。江美子はこれほどまでに図太い女だったのか。隆一は呆れたような思いになるが、一方で残酷な好奇心も呼び起こされる。

「良いぞ」

男に抱かれた痕跡があるのか確かめてやる。そう思い隆一が承諾すると江美子はバタフライのようなパンティのみを身に付けた半裸のまま、無言でベッドに潜り込んでくる。

(この身体を男に抱かれてきたのか)

隆一は江美子にのしかかると小ぶりだが形の良い乳房をぐいと掴む。江美子はそれだけで「ああ……」と切なげな喘ぎ声をあげる。

江美子を両手で抱いたまま、うなじや胸元に軽く接吻を注ぎ込む。股間に手を触れると、秘裂はすでに溢れんばかりに愛液をたたえている。

「まだほとんど何もしていないのに、どうしてこんなに感じているんだ」
「あなたが……上手だから」

(何を言ってやがる)

ついさっきまで男に抱かれてきたからじゃないのか。隆一は腹立たしくなり、わざと荒々しくバタフライをむしりとる。

「あっ、嫌ンっ」

江美子は反射的に両肢を閉じようとするが、隆一は両手を内腿にかけてぐいと押し開く。さほど濃くない江美子の陰毛の奥に、いまだ紅鮭色を保っている媚肉が覗いている。その部分に顔をうずめようとした隆一は、送られてきたメールに添付されていた写真の構図を思い出し、一瞬嫌悪感に身体が硬直する。

(あの男も江美子の股間に顔をうずめていた)

じっと静止したままの隆一に江美子は怪訝そうな表情を向けていたが、いきなりくるりと身体を反転させると、豊満な双臀を突き出すようにする。

「ねえ……あなた」

江美子は甘えるようにそう言うと、大きな尻をゆらゆらと揺らす。

「江美子の……江美子のお尻を苛めて……ああ、あなた……」
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桐 11/10(土) 09:21:04 No.20071110092104 削除
「どんな話をしていたか教えてもらえないか?」
「それはちょっと……」

バーテンダーは困ったように首をかしげる。十中八九仕事絡みではないと隆一は確信する。

「お客様は、あの女性の?」
「亭主だ」
「どちらのですか?」
「若い方だ」
「そうすると、もう一人はお客様の義理のお姉さんですか」
「えっ?」

隆一は驚いて聞き返す。

「お二人は姉妹じゃないんですか」
「違う」
「顔つきや雰囲気がよく似ているので、てっきり姉妹だと思っていました。以前から来られているほうの女性が『あれは妹』とおっしゃっていましたし……」
「姉妹……」

麻里がそのような説明をしていたというのか。

「まあ、似たようなものだ」

隆一は苦笑するとホットワインを飲み干し、グラスを置くと手帳を取り出し、携帯のメールに走り書きをする。

「お願いがあるんだが……今度あの二人が店に現れ、男たちと合流したらこのアドレスにメールをくれないか?」
「それは……」
「メールには何も書かなくていい。空メールでいいんだ」

バーテンダーはしばらく迷っていたが、やがて「わかりました」と頷く。

「ただ、お客様がいる前では出来ませんから、注文が途切れた時に打つということになりますよ。それでもいいですか?」
「それは仕方がない。よろしく頼む」


隆一はバーを出るとJR渋谷駅から湘南新宿ラインに乗り、自宅のマンションに戻る。江美子はまだ帰ってきていない。隆一はダイニングで缶ビールを飲みながら一昨日の土曜日の、横浜駅近くでの出来事を思い出している。

──いつもと雰囲気が違うんで、最初は全然分からなかったよ。
──人違いなもんか。僕はこれでも人を見分ける目には自信があるんだ。
──いつもの大胆さはどうしたんだ。
──なんだ、亭主がいたのか。

(あのときの男の言葉は……)

いつもの大胆さ、とはいったいどういう意味だ。男の態度や口ぶりは、江美子と男がただならぬ関係にあることを示しているのか。

(しかし、麻里はいったいどういうつもりだ)

今夜見かけた麻里が、隆一にはかつての自分の妻と同じ人間とはとても思えない。姿かたちは確かに麻里のものだが、どうしても以前の麻里とは重ならないのだ。

その時、隆一の携帯がメールの着信を告げる。隆一がメールを開くと、いきなり大股を拡げた女の写真が飛び込んでくる。女の股間には男が頭をうずめているが、後ろ向きなので顔はよく分からない。隆一は衝撃を受けながらもあることに気づく。

(この後ろ頭の傷は今夜、渋谷のバーで見かけた男のものだ)

さらに一通の着信がある。そこには快楽に喘ぐ女の表情が映し出されている。

『表題:クリニングスされて絶頂寸前の奥様です』
『本文:女の大事な部分を粘っこく愛撫されて、歓喜に打ち震える奥様の姿です。奥様は本当にいい声で泣きますね。声を聞いているだけでこちらまでぞくぞくして来ます。愛液の量もとても多くて、こちらの顔の顔までがびっしょり濡れて来てしまいます。 水』

隆一はメールを読み終えると震える手で携帯を閉じる。

(間違いない……これは水上などという男からのものではない。そして、有川が送ってきたものでもない)

この写真は恐らくたった今撮影されたばかりのものだ。そして送ってきたのは麻里だ。

(五年前に解決すべき問題が、解決されていなかったのだ)

麻里に会うしかない、それも早急に。隆一はそう心に決めるのだった。
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桐 11/10(土) 00:31:40 No.20071110003140 削除
「これは」
「ホットワインです」

バーテンダーが隆一に笑いかける。

「お風邪でしょう? これは効きますよ。店からのサービスです」
「……ありがとう」

マスクをして入ったせいで誤解されたか。しかし、身体が冷えているためちょうどいい。隆一はホットワインに口をつける。

「うまい」

隆一は思わず声を上げる。

ほどよい甘さにクローブとレモンが効いており、麻里のマンションの前で突っ立っていたせいで冷えた身体が心地よく暖まっていく。

「クリスマスにはホットワインがつきものです」
「クリスマスか……」

渋谷の街は華やかにイルミネーションが施され、クリスマス一色である。江美子と結婚してから二回目のクリスマスシーズンをこのような気分で迎えようとは、隆一は想像していなかった。隆一はしばらくためらっていたが、思い切ってバーテンダーに話しかける。

「先ほどの女性客二人のことだが……以前からよく来るのか?」

グラスを拭いていたバーテンダーが顔を上げる。

「迷惑はかけない」

隆一は小さく折った一万円札をバーテンダーに渡す。バーテンダーはためらうように、しばらく無言で隆一を見ていたが、やがて口を開く。

「お一人は以前からご贔屓にしていただいている方です。若い方の女性がいらっしゃるようになったのは、ここ二ヶ月くらいでしょうか」

(……K温泉で麻里と有川に会ってからだ)

「男二人の方は?」
「一人は、かなり前からいらっしゃっている方です。もう一人の男性は最近、その方がお連れになるようになった方です」
「前から来ている女の方の知り合いか?」
「そうですが、この店でお知り合いになられたようですね」
「仕事上の知り合いではないということか」
「この店は女性一人のお客様がよく来ることで知られていまして……」

バーテンダーは意味ありげな笑みをたたえながら頷く。

「どれくらいの頻度でこの店に?」
「女性の方ですか? 週2、3度というところですかね」
「二人とも?」
「はい」
「いつもああやって、この店で男と待ち合わせているのか?」
「いつもというわけではありません。女性同士お二人だけで飲まれるときも。しかし、最近は大抵どなたかと待ち合わせられますかね」
「同じ相手か?」
「先ほどのお二人と、それとは別に一組いらっしゃいます。そちらはもう少し若いですね。30になるかならないか、という感じでしょうか」
「男同士が鉢合わせすることはないのか?」
「曜日が決まっていますから……。先ほどのお客様は月曜と木曜、もう一組は火曜と金曜に来られます」

隆一の銀行では水曜日は「早帰り」の日であり、極力残業はしないことになっている。江美子もその曜日は避けているということか。

それにしても江美子が少なくとも週に二度以上のペースで麻里に会い、そればかりか男と待ち合わせて麻里のマンションに行っているなど隆一は想像もしていなかった。

(どうして江美子が麻里に会う必要がある? どうしてそれを俺に秘密にする? やはり後ろめたいことがあるからか?)
(あの男たちと江美子、麻里はいったい今何をしている? 有川は何も知らないのか?)

隆一は色々な疑問が一気に湧き上がり、胸が締め付けられそうな思いになる。
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桐 11/10(土) 00:30:42 No.20071110003042 削除
「あのタクシーを追っかけてくれ」
「お客さんの連れですか」
「いや、違うんだ。出来るだけ気づかれないように頼む」
「弱ったな。面倒なことに巻き込まれるのは御免ですよ」

ためらうドライバーに、隆一は一万円札を押し付ける。

「頼む」

ドライバーは無言で頷くと、車を発進させる。隆一を乗せたタクシーは麻里たちの車から2台ほどを間に挟んで走り出した。

車は明治通りを恵比寿へ向かう。山手線の恵比寿駅の近くで住宅街に入り、中層マンションの前で停車する。隆一は麻里たちのタクシーの停車位置を確認すると、ドライバーに追い越して次のブロックで停めるように頼む。

「このまま少し待っていてくれ」

車から降りた隆一は、麻里たちを降ろしたタクシーが走り去るのを確認してから、マンションに近づく。マンションはオートロックがかかっているため中には入れない。隆一はメールボックスのネームプレートに「中条」という名前があるのを見つける。

(麻里のマンションか……)

「中条」は麻里の旧姓である。江美子は麻里と、バーで待ち合わせをしていたと思われる二人の男と一緒に、麻里のマンションに入ったことになる。

(これがラブホテルに入ったとでもいうのならまだ話は簡単かもしれないが……)

麻里のマンションに入ったというのが微妙である。

(俺は何を考えている。ラブホテルなんかに入ったら最悪じゃないか)

隆一が知っている限りでは、麻里は多少親しくなったから問って、軽々に自分の部屋に男を招きいれるような女ではない。逆に、その麻里が部屋に入れたということが、男たちとはなんでもないということを示しているともいえるのではないか。単に場所を変えて仕事の打ち合わせをしているのかもしれない。

(……いや、そんな呑気なことを言っていられない)

一人暮らしの女の部屋に上がりこむということそのものが非常識である。何か親密な関係にあると思われても仕方がない。おまけに麻里も、そして江美子も、隆一が考えていたような貞操観念の強い女ではなくなっているのかもしれないのだ。

(いずれにしてもこれだけでは何の証拠にもならないのだ。江美子にしても、麻里にしても、男たちとなんらかの関係を持っていることの証明にはならないのだ)

麻里──。

(江美子のことはともかく、俺はさっきからどうして麻里のことを気にする。もう自分とは何の関係もなくなった女ではないのか。ひょっとして俺は、麻里がいつまでも独りでいるのは、いつかは自分の元に帰って来るからだと期待していたのか)

自分の今の妻は江美子だ。そんなことはありえない。しかし、どうして麻里のことでこんなに心が乱される。今はとりあえず江美子の身を心配すべきだろう、と隆一は思いなおす。

(ここは住宅地だ。こんなところでずっと待っていては怪しまれる。そもそも男たちはいつ出てくるのか分からない)

隆一はその場から逃げるように、停車したままのタクシーへ戻る。隆一を迎えるようにドアが開く。

「元の場所へ戻ってくれ」
「わかりました」

タクシーは明治通りを渋谷に向かう。六本木通りと青山通りが交差した場所へ戻ると隆一は車を降り、再び地下のバーへ戻る。

「いらっしゃいませ」

バーテンダーは入ってきたのが隆一であるのに気づき、会釈をする。客はそれほど多くない。さっきまで座っていたカウンターの隅の席が空いている。隆一がそこに座ると、バーテンダーがカウンターにグラスを置く。赤い液体が入ったそれは静かに湯気を上げている。
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桐 11/8(木) 21:51:20 No.20071108215120 削除
(誰かを待っているのか)

隆一はサイドカーを飲みながら、ちらちらと二人の様子を窺う。やがてまた扉が開き、二人連れの男が入ってくる。

「いらっしゃいませ」

入って来た二人連れの男のうち一人の顔を見て隆一は驚く、この前の土曜日、横浜で江美子に声をかけた男である。もう一人の男も同じくらい、30代後半といった年齢である。麻里は二人を見つけると「こっちよ」という風に軽く手を上げる。隆一がさらに驚いたことに、江美子までが男たちに向かって微笑を浮かべている。

隆一は気づかれないように顔を伏せる。男のうち一人の後ろ頭に、目立つ傷があるのが隆一の目に入る。男たち二人はカウンターの麻里と江美子の隣に座り、飲み物を注文する。「この前は……」とか「だって……」といった男たちと麻里や江美子の声が切れ切れに聞こえて来る。

(どういうことだ)

隆一は混乱する。あの男たちは一体誰だ。一人がその水上という男なのか。

いや、そんなはずはない。横浜でしつこく話しかけて来た男に対して江美子は「人違いだ」と繰り返していた。いくら何でも過去、不倫の関係にあった男から話しかけられて「人違い」と返すことは不自然だ。考えられるのは行きずりで知り合った男に声をかけられて……。

そこまで考えた隆一は愕然とする。江美子はここで麻里と一緒に男漁りをしているというのか。

(馬鹿な。そんなはずはない。いくら何でもそんなことをする女ではない)

そんなことをする女ではない、とはどちらの女のことだ? 江美子のことか、麻里のことか? 隆一は自問する。

(どちらもだ)

自分の先妻と今の妻、ともに清楚で純真だった妻たちがバーのカウンターで男を漁るなど、考えられない。

(……本当に考えられないか?)

考えられないといえば麻里が有川と不倫をすることも、江美子が結婚前に水上と不倫をした女だったということも考えられなかった。貞淑な妻、良き母としての麻里や江美子の姿は隆一の幻想の中にだけあったのではないのか。

麻里と江美子、そして二人の男たちは親しそうに話し、時々笑い声まで上げている。江美子の笑顔だけでなく、麻里のそれまでが隆一にまるで心臓を締め付けるような苦痛を与える。

別れた妻である麻里が何をしようが隆一が文句を言う筋合いのものではない。しかし、実際に麻里が他の男と楽しげに話しているのをみると、江美子に対するものと同じような、いや、ことによるとそれ以上の嫉妬を感じるのだ。

(麻里、お前がこんなことをしているのを有川は知っているのか。もし知っているのならなぜ奴は何も言わない?)

(有川も有川だ。俺が最終的に麻里のことを諦めたのは、相手が有川だったからだ。麻里に対して変わらない愛を捧げていた有川だったから、俺は麻里を譲ることが出来た。なのになぜお前は麻里をしっかり捕まえていない)

いや、早とちりはまずい。ただの飲み友達かもしれないではないか。麻里がインテリアコーディネーターとして仕事上付き合いのある人間に、江美子は単に紹介されただけかもしれない。江美子も銀行で営業をしているのだから、人脈は重要だ。男漁りなどと決めつけるのは早計だ。

隆一がそんな風に懸命に自分自身を落ち着かせていると、男二人と麻里が立ち上がる。一瞬江美子がためらう風情を見せるが、麻里に催促されて後に続く。男たちが勘定をしている間、隆一は気づかれないように顔を伏せる。

四人が店を出るとすかさず隆一は立ち上がり、バーテンダーに声をかける。

「いくらだ」
「1300円です」
「釣りはいい」

隆一は千円札を2枚置くと急いで店を出る。地上に出た隆一は、麻里たち四人がタクシーに乗り込むのを見る。隆一は急いでタクシーを止める。
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桐 11/8(木) 21:50:31 No.20071108215031 削除
隆一はその場で10分ほど突っ立っていたが、これ以上この場所で待っていると凍えてしまう。離れた場所でも良いからどこか店に入ろうか、それとも引き返そうかと迷っていると、通りの向こうから江美子に良く似た女が歩いて来ることに気づく。

(あれは……)

髪型といい服装といい、遠目では江美子にそっくりである。さっき店に入ったのはひょっとして江美子ではなかったのか、と隆一は驚いてその女を見つめる。女が近づき隆一と目が会う。瞬間、隆一はあわてて目を逸らす。

(麻里だ)

顔立ちは確かに麻里のものなのに、どうしてこんなに近づくまで分からなかったのか。あまりに江美子とよく似ていたため動揺していたせいか。

(違う)

雰囲気や歩き方が、隆一の知っている麻里のものではないのだ。5年経てばあれほど変わるものか。

麻里は幸い隆一には気づかなかったようで、江美子が入ったバーへと降りて行く。隆一はしばらく迷っていたが、近くのドラッグストアに飛び込むとマスクと脱脂綿を購入する。

隆一は綿を小さくちぎって口に含み、マスクで口を覆う。そして思い切って地下へと降りて行った。

「いらっしゃいませ」

バーの中は意外と広い。バーテンダーが隆一を認めて挨拶する。隆一はカウンターの出口側に近いコーナーに座る。

江美子と麻里はカウンターの反対側の隅に並んで座り、何やら話をしている。隆一が入ってきた途端、ちらと視線を送って来たが、すぐに何もなかったように話し出す。どうやら気づかれずにすんだらしい。

「何か作りましょうか」

バーテンダーに聞かれて隆一はマスクを口から外す。

「サイドカーを」
「かしこまりました」

バーテンダーは会釈をするとブレンデーとホワイトキュラソー、レモンジュースをシェイカーに入れてシェイクし始める。やがて隆一の前にカクテルグラスが置かれる。

隆一はサイドカーを呑み始める。バーテンダーの腕は悪くない。隆一は改めて麻里と江美子に視線を送る。二人はまるで姉妹のように見える。江美子がいわゆるサブリナカットにしてから多少なりとも感じていたことだったが、服装といい、仕草といい、非常によく似ている。

(昔の麻里に似ているというわけでもない。まるでもうひとりの麻里がいて、江美子がそれに近づいてきているといった風に思える)

それにしても江美子と麻里はここで一体何をしているのか。一人の男の先妻と今の妻が会って話をしている。あまり日常的な光景とは言えないが、世の中にはそういったこともさほど珍しくはないだろう。先妻が残して来た娘の養育問題など、相談すべきことはないとは言えない。しかしそれが男には内緒で行われているとしたらどうだろう。

さらに二人が出会ったきっかけが問題である。江美子は麻里のことを、10月にK温泉のTホテルで会うまで知らなかったのだ。それまで隆一や理穂との関係がうまくいっていなかったというのならともかく。いまさら麻里に何を相談することがあるというのか。

(いや、むしろ色々な問題が出て来たのは、あの時有川と麻里に会ってからではないのか)

「水」という名で送られて来るメールによって、江美子と水上の過去の不倫が露見したこと、そして江美子の驚くような変貌と不可解な行動。

(それらの出来事と麻里が関係しているなどとは思ってもいなかった。なぜなら有川のもとに走った麻里の側に今さら俺とかかわるような理由はないからだ。しかし、それは俺の思い違いだったのだろうか)

耳をすまして見ても、隆一がいる場所から江美子と麻里の会話は聞こえてこない。隆一の後でカップルが一組と、女二人連れの客が入って来る。その度に江美子と麻里は入り口の方へ素早く目を走らせる。
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桐 11/7(水) 21:12:56 No.20071107211256 削除
月曜の6時過ぎ、隆一は渋谷の、江美子が勤務する支店の近くの喫茶店にいた。

江美子には久しぶりに昔の友人と会うから遅くなると告げている。職場には外で資料調べをするからと言い残し、直帰扱いにしてもらっている。時差の関係で休日も仕事を強いられる職務であるため、多少の融通は認めてもらっているのだ。

隆一は渋谷駅近くのデパートのトイレで、それまで着ていたダークスーツから明るい色のジャケットと替えズボンに着替えていた。ここ2、3年はあまり袖を通していなかったものである。ネクタイもわざと派手なものに変え、眼鏡も昔のセルフレームのものをかけている。髪をジェルで固めると、ちょっと見では隆一だとは分からないだろう。

(探偵の真似事までして、いったい何になるのか)

江美子が何か隆一には言えないことをしているという、はっきりとした根拠はない。また、仮にそうだったとしても今夜行動を起こすとは限らない。そして仮に今夜、江美子が何か行動を起こしたからといって、その時にどうするという覚悟が隆一にある訳ではなかった。

しかし、このところの江美子の変貌振りが、隆一をなんらかの行動に駆り立てないではいられなかったのだ。

(麻里の時は、俺が麻里に裏切られたという衝撃よりも、麻里のもつ二面性を理解出来なかったことが別れの原因となった。だから、江美子と結婚する時は、以前の失敗は決して繰り返すまいと心に決めていた)

それは理穂をもう一度傷つけたくないからだと、隆一は理屈付けていた。しかし今はそれだけでないと分かっている。隆一自身が傷つきたくないのだ。

(俺が江美子と結婚したのは、本当に江美子を愛していたからなのか。江美子なら二度と傷つかないと思っていただけなのではないか)

隆一は今、そんな自分自身の狡さ、臆病さを目の前に突き付けられる思いだった。江美子も清楚で貞淑なだけの女ではない。有川と不倫をした麻里と同様、淫奔な面をもった女なのだ。その江美子を本当に愛することができるのかと。

(いや、麻里と有川はもともと愛し合っていた。割り込んだのは自分なのだ)

江美子はそうではない。隆一と知り合う前のこととは言え、妻子持ちの男と二年も不倫の関係を持っていた女だ。麻里よりも悪いではないか。言っていることの辻褄が妙に合いすぎていることも気になる。

そこまで思考を進めた隆一は、自分の心の醜い断面に気づいて愕然とする。

(俺は何ということを……)

江美子は水上と出会った時、奴が妻子持ちということを知らなかったのだ。俺と理穂がいながら有川と関係を持った麻里と一緒にはできない。

(しかし、麻里と江美子、どうしてこう重なることが多いのだ)

共通するのは差出人不明のメール。その謎を解けば、すべてのことがほぐれていくような気がする。あれは水上からなのか、有川からなのか、それとも……。

(とにかく、江美子の変貌の理由を確かめないと前に進めない)

隆一はじりじりする思いで店の通用口を見つめる。やがて7時少し前になると、白いコートを着た江美子が姿を現す。

(出てきた)

隆一は伝票を持ってレジへ向かい、手早く勘定を済ませて外へ出る。

理穂からプレゼントされた白いマフラーを首に巻いた江美子から少し離れて、隆一は後へ続く。気づかれないように2、3人を間に入れて歩くが、思いのほか尾行というものは難しい。

江美子は六本木通りと青山通りが交差したあたりのビルの地下1階にあるバーに入る。

(店に入るか? いや、それはいくら何でも危険だ)

またどこか喫茶店にでも入って見張るかとあたりを見回したが、適当な店がない。隆一は仕方なく少し離れた場所で佇む。

渋谷の街はクリスマスムード一色である。道行く人達も心なしか普段よりもカップルの比率が高いようである。

(俺は一体何をしているんだ)
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桐 11/7(水) 21:11:35 No.20071107211135 削除
隆一と江美子は西湘バイパスを小田原に向かっている。からりと晴れて乾燥して澄み切った空はどこまでも高く、車窓から見える相模湾は空の色を映し出し、微風にさざめく波頭が白い海鳥のように見える。

「冬の海というのも良いですね」
「ああ」

助手席の江美子が顔を窓の方に向けて呟く。それまで運転に集中していた隆一がちらと江美子の方を向く。隆一は、江美子の瞳が濡れたように潤み、頬は薄いピンク色に染まっているのに気づく。

FM横浜の女性アナウンサーと、DJの男性作家の掛け合いが車の中に流れている。国道との合流地点での渋滞にかかった時、ハンドルを握っていた隆一の手に、いきなり江美子が手を伸ばす。

「危ないじゃないか」
「当分車は動きませんわ」

江美子は悪戯っぽく笑うと、隆一の手を自らの股間にいざなう。

「何をするんだ」

江美子の大胆な行為に隆一は驚く。

「スカートをめくってみて」
「こんなところで……」
「この位置なら大丈夫。隣りの車からは見えませんわ」

追い越し車線のワンボックスカーのドライバーは、なかなか解消されない渋滞に苛々した表情を見せており、こちらを気にする様子はない。

隆一は江美子に導かれるまま、グレーのスカートを持ち上げて行く。赤いバタフライのような小さいパンティに覆われた江美子の股間が姿を現す。

(これは……)

隆一が昨日、タンスの引き出しを探した時には見なかったものであるが、その時見つけたどの下着よりもエロチックである。

「触ってみて」

江美子に言われるまま隆一はバタフライに触れる。指先に微かな振動が伝わってくるのを感じた隆一は、驚いて江美子の顔をみる。

江美子は悪戯っぽい笑みを顔に張り付けたままバタフライをずらして行く。ピンク色の小さなローターが江美子の股間にしっかりと固定されている。

「江美子……」

あまりのことに隆一は唖然として江美子をみる。

「隆一さん、私は隆一さんの前ならいくらでも淫らになれるわ。でも信じて。それは隆一さんに対してだけなの」
「江美子、俺は何もそこまで……」
「私は隆一さんの前で本性を隠したくないの。私は職場では男の人と同じように営業で働き、家庭では良き主婦でいたいと思っている。それももちろん私の一面。でも、隆一さんには女としての私のもう一つの面を知っておいて欲しい」

江美子は隆一の手を両手で掴んで、露わになった自らの股間に押し付ける。江美子の淡い繊毛はしっとりと潤っており、秘裂からは今にも樹液がこぼれ落ちそうになっている。

「この下着も、ローターも、隆一さんのために買って置いたものなの。隆一さん、男の人ってみんなこんなものを使って、女の人を恥ずかしい目に合わせるのが好きなんでしょう?」
「江美子、誰からそんなことを聞いた?」
「誰でもそうよ、みんなそうだわ……」

江美子は情欲に潤んだ瞳を隆一に向けながら、うわ言のようにそうつぶやく。人が変わったような江美子の姿に隆一は恐怖さえ感じるが、その手を振り払うことが出来ない。ようやく渋滞の車が流れ出し、隣りのワンボックスカーが動き出す。

隆一は救われたような気分になり、ハンドルを握り、アクセルを踏む。隣りの席の江美子ははあ、はあと荒い息を吐いている。

「隆一さん、もうドライブは良いわ。ねえ、これからホテルに行きましょう」

江美子はとろんとした瞳を隆一に向ける。

「江美子をうんとお仕置きして、ねえ、不倫女の江美子を思い切りお仕置きして」
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桐 11/6(火) 21:20:23 No.20071106212023 削除
結婚してから十年近く、いや、出会ってから十五年、隆一が知っていた麻里と、有川と関係をもっていた麻里は全く別人だった。

有川から送られて来た、写真が添付されたメールを麻里に突き付けた時、麻里は本当に何も身に覚えがないと言って否定した。何かの悪戯に決まっている。携帯メールの写真など何の証拠にもならないと。

(そう、ちょうど昨夜の江美子のように)

しかしその後、麻里に対する疑いは消えなかった。結局隆一は興信所に調査を依頼することによって、有川との不倫の動かぬ証拠を手にしたのだ。

(せめて最初に俺がメールを突き付けた時に事実を認めて、謝ってくれていたら……)

あの後、隆一はあれほど態度を硬化させなかっただろう。また、不倫の事実が明らかになっても、誠心誠意詫びた上で、二度と過ちを繰り返さないと誓ってくれれば隆一は許しただろう。

(しかしあの時麻里は、有川と関係をもったことについては謝るが、二度と繰り返さないと誓うことは出来ないと言った)

隆一にとっては信じられない発言だった。自分がやったことを反省していないのか。詰め寄る隆一に麻里は答えた。

「もちろん反省しています。でも、どうにもならないのです。私は自分を止めることが出来ないのです」
「何を馬鹿なことを言っている。自分の身体だろう。自分で止めることが出来なくてどうするんだ」
「あなた」

麻里は興奮する隆一を遮った。

「私と別れてください」
「なんだと」

隆一は驚いた。理穂を溺愛している麻里は、自分から離婚を口にすることは絶対にないと考えていたのだ。

「なぜだ」
「私といればあなたは、そして理穂も不幸になります」
「俺と別れてどうする。有川と一緒になるのか」
「なりません。有川さんもそのつもりはありません」
「嘘をつけ。もう俺を愛していないんだろう。おまえは有川を愛していたのだろう。学生のころからずっと。おれと結婚したことを後悔しているんじゃないのか」
「私が愛しているのはあなた一人です。有川さんを愛したことはありません」
「出鱈目を言うな。学生のころも有川と付き合っていた時期があるじゃないか」
「あれは……」

麻里はそこで言葉を詰まらせる。

「違うんです」
「どう違うんだ」
「とにかく違うんです。愛ではありません。少なくとも私の愛では」

(分からなかった。麻里のことが何も分からなかった。分かっていたような気になっていたのはすべて俺の幻想だったのか)

「あなた」

不意に声をかけられ、隆一は驚いて顔を上げる。

「どうなさったんですか、珈琲がこぼれそうです」
「ああ」

隆一は夢から覚めたような気分になる。目の前では江美子が心配そうに首を傾げて立っている。その姿を見た隆一は息を呑む。

(麻里……)

以前は健康的な小麦色だった江美子の肌が驚くほど白くなっている。はっきりした目元、豊かなヒップ、黒いサブリナヘア、そして洋服の趣味。目の前にいる女はまさに六年前の麻里とそっくりだった。そう、ちょうど麻里が有川と不倫を開始したころの。

(メイクのせいか……いや、それだけではない)

隆一はある可能性に気づき、愕然とする。

(昨夜送られて来た写真はひょっとして、水上からでも、有川からでもないのでは)

「隆一さん、お天気が良いから、ドライブに行きませんか。年末はまだ先だからそれほど道も混んでいないんじゃないかしら」

江美子は隆一に向かって無邪気に微笑みかける。
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桐 11/6(火) 21:18:55 No.20071106211855 削除
(いきなり携帯を突き付けたのはまずかった)

翌日の日曜、朝食後の珈琲を飲みながら隆一は昨夜の流れを後悔する。

(確かに江美子の言う通り、あんなメールではなんの証拠にもならない。江美子のものでないかもしれないし、仮に江美子のものであってもなんでもない場面を写したものかもしれない)

江美子は昨日の朝同様、隆一に背を向けたまま食器を洗っている。理穂は友人と映画に行く約束をしているということで、朝から出掛けている。

隆一はちらと江美子の後ろ姿に目を向ける。昨夜と違ってパンツ姿だが、ぴったり生地のフィットしたそれには下着の線が見当たらない。

(またTバックか、それとも……)

隆一はそれ自身が生き物のようにくねくねとうごめく江美子のヒップをぼんやりと見つめる。

あんなことがあったのも、江美子はすっかり忘れたように平然としている。隆一を魅了する江美子の逞しいまでに豊満な尻も、一方でなにか女のふてぶてしさといったものを感じさせる。

昨夜いきなり素っ裸になった江美子は、隆一にのしかかり騎乗位の姿勢になると、激しく腰を使いあっという間に隆一の精を絞り取った。そしてことの終了後、唇や舌を使って隆一のものを奇麗に掃除したのだった。かつての江美子には考えられない積極的な行為だった。

「ああ、江美子、こんなに隆一さんを愛しているんです。そんな私が裏切るようなことをするわけないじゃないですか」

江美子はそんな風に甘く囁きながら隆一を粘っこく愛撫するのだ。

「わかるものか」

すっかり江美子のペースに乗せられた腹立たしさもあって、隆一はわざと冷たい口調でいう。

「不倫女の江美子のことだからな、完全に信じる訳には行かない」
「隆一さんの意地悪……」

江美子は隆一のものから口を離すと、くるりと後ろを向き、隆一の目の前で豊かな尻をゆらゆらと振るのだ。

「ねえ、お仕置きして、隆一さん。不倫女の江美子を思い切りお仕置きして……」

(勢いに負けてメールも削除してしまったし……これでは江美子に主導権を取られっぱなしだ。しかし、江美子がこんな強い女だとはおもわなかった)

江美子は隆一よりも六つ年下で、かつては職場での部下ということもあり、結婚前、いや、ほんの少し前まで隆一に対しては素直で、どちらかというと従属的な女だった。もちろん自分の意見をはっきりもっているところはあり、そんな強さに隆一がひかれたのは確かだが。

一方、今の江美子は少しでも隆一に疑いを生じさせるようなことがあれば、女の武器を最大限に駆使してそれを叩き潰していく。まるで別の人間になったようである。しかしながら以前と変わらない素直さや純真さも残っているのだ。昨日、理穂からマフラーをプレゼントされた時に流した感激の涙が偽りのものであったとは思えない。

(水上との不倫が発覚してからだ)

あれから江美子はしばらくの間沈んでいたが、ある時から開き直ったような態度を見せるようになった。水上との関係は隆一にとって愉快なものではなかったが、隆一と出会う前のことであり、江美子も最初は水上という男を独身だと思い込んでいたのだから、所詮、隆一が今になっていつまでも責め立てて良いような問題ではない。

結婚前に、相手に対して自分の過去をすべて明らかにしなければならないといった決まりはない。そんなことを言い出せば、隆一にも江美子に話していなかったことはたくさんあるのだ。

(たとえば、麻里と離婚した理由だ)

隆一は、麻里が有川と関係をもったことに対してはもちろん憤りを感じたし、今でも完全に許せた訳ではない。しかしそのことだけなら麻里と別れを選ぶことはなかっただろう。

誰にでも過ちはある。そして償えない過ちは滅多にないというのが隆一の考えである。理穂のためにも夫婦関係をやり直すという選択肢は当然隆一の頭の中にあった。

(しかし、俺は麻里との別れを選んだ。それは、俺が麻里のことが分からなくなったからだ)
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桐 11/5(月) 21:15:25 No.20071105211525 削除
「貸してください」

江美子は隆一の問いには答えず、突きつけられた携帯に手を伸ばす。

「メールを削除するつもりか」
「まさか、そんなことはしません」

江美子は携帯を受け取ると、メールの本文を読み、改めて添付された写真を見る。二通のメールとそれぞれに添付された写真を見終わった江美子は、表情をこわばらせて黙り込んでいる。

「どういうことか説明してくれ」

隆一に声をかけられ、江美子は顔を上げる。

「……これは、悪戯です」
「なんだと?」
「この前と同じです。『水』というのは水上のことです。私に嫌がらせをしているのです」
「これに写っているのは江美子だろう?」
「わかりません」
「わからないだって?」

隆一は苛立ちの声を上げる。

「この服装も、昼間に江美子がしていたものだ。髪型といい、どう見ても江美子じゃないか。昼間に○○ストアやその前の公園で撮られたんだろう」
「こんな写真、撮られた記憶はありません。私にはまったく身に覚えのないことです」
「証拠があるのに否定するのか?」
「証拠? 証拠って、何の証拠ですか? ○○ストアはチェーン店です。どこの店も内装は似たようなものです。この公園にしたって、ベンチとその周りしか写っていません。私が買い物に行く○○ストアだという証拠も、その前の公園だという証拠もないのです」
「江美子、自分が何を言っているのかわかっているのか?」

隆一は呆れたような声を出す。

「ここに写っているのは江美子だろう?」
「そんな風にも見えます」
「そんな風に?」
「この前も申し上げたように、これくらいのサイズの写真なら合成でなんとでもなります。今の私を写したものとは限りません」
「しかし、この服装は……」
「隆一さん、仮にこれが、昼間の私を写したものだとします。だからどうだというのですか?」
「開き直るつもりか?」
「そうではありません。もしも私だとしても……このメールに書いているようないやらしいことを私がしているという証拠にはならないということです」
「……」
「買い物をしているときに私は急に気分が悪くなりました。しばらく我慢していたんですが、どうにも辛くなってしばらく公園で休んでいたんです。その時に撮られたものかもしれません」
「江美子……お前」

隆一は江美子の言い分に唖然とする。

「言っていることが滅茶苦茶だぞ。この写真は自分のものじゃないと言ったり、自分のものだと言ったり、いったいどっちなんだ」
「私が言いたいのは、こんな写真やメールはどうにでも細工が出来るということです。隆一さんは私を信用していないのですか」

江美子はまっすぐ隆一の目を見つめる。その目の真剣さに隆一は思わず怯む。

(しかし、ローターが……)

隆一が思わず脱衣籠の中で見つけた淫具のことを口にしようとすると、江美子が機先を制するように口を開く。

「私は隆一さんを裏切るようなことは絶対にしていません」

江美子は挑むような口調でそう言うと、ネグリジェを脱ぎ捨てる。江美子がその下に何も着けていなかったので、隆一は驚く。

「信じてください」

江美子はそうほざくように言うと、全裸のままで隆一に抱きついていった。
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桐 11/5(月) 21:13:59 No.20071105211359 削除
その夜、隆一はなかなか眠れないでいた。

理穂からもらったプレゼントのせいで幸福そうにしている江美子に対して、ローターのことはついに問いただすことは出来なかった。

隣りのベッドで江美子は静かに寝息を立てている。その安らかな寝顔を見ていると、それが今朝がた隆一をノーパンで挑発した女と同じ女だとはとても思えない。

(まるで江美子の中に二人の女がいるようだ)

清楚な妻であり、また理穂に対する態度で分かるように良き母としての素質を持った女。そして露出的な服装で男を翻弄し、ローターを身につけて外出する淫らな女――。

(それにしてもあのローターは)

江美子のイメージにはまったく合わない。30を過ぎるまで独身でいた女が全く肉欲がないとは隆一もさすがに思っていない。当然男性経験もあったしオナニーくらいはすることもあるだろう。ああいった「大人の玩具」も最近はネット通販などで女性も買い易くなったと聞いている。ローターの一つや二つ、持っていてもおかしくない。

しかしながら近くのスーパーにそんな大人の玩具をつけたまま買い物に出かけ、人目のある場所でひそかにオナニーに耽るということが考えられないのだ。

世の中にはそういった秘められた性癖を有する女性もいるだろう。だが、あの清楚な江美子がそんな淫らな行為に耽る女だということは隆一には信じられない。

(しかし、麻里のときも俺は同じように思っていた)

隆一が五年前の、麻里の不倫が発覚したときの苦い記憶を反芻していると、枕元に置かれた携帯電話がいきなりメールの着信を告げた。

(誰だ、こんな時間に)

隆一は不安に駆られて携帯電話を取り上げ、メールを開く。それを目にした隆一は激しい衝撃を覚える。

『表題:奥様の雄姿です』
『本文:ご無沙汰しています。さっそくですが、今日の午後、○○ストアで買い物をされている江美子の姿をお届けします。様子がおかしいと思いませんか? 実は江美子はオマンコにしっかりとローターを当てて、激しく感じながら買い物をしているのです。どうです? そういわれて見ればいかにも目が虚ろでしょう? こんな風に暇があれば江美子を調教させてもらっています。 水』

メールには確かに江美子が、見覚えのあるスーパーで買い物をしている写真が添付されている。やや内股で身を屈め、何かに耐えるように眉をしかめている様子は、敏感な箇所に当てられたローターから生じる快感をぐっと堪えているように見える。

隆一が茫然としていると、続けてもう一通のメールが届く。

『表題:江美子ついにいっちゃいました』
『本文:○○ストアの中ではなんとか恥をさらさすにすんだ江美子ですが、耐えられなくなったのか近くの公園のベンチに座ったまま、気をやってしまいました。その時の江美子の姿です。どうですか、実に気持ち良さそうじゃないですか。 水』

次のメールにもやはり江美子の写真が添付されている。公園のベンチに座ったまま股間を押さえるようにしている江美子はぐっと目を閉じ、口を半開きにさせ、あたかもたった今快楽の呻きを発したように見える。白いセーターとグレーのスカート、そしてサブリナカットの黒髪は確かに江美子のものだ。

(こんな……馬鹿な)

逆上した隆一は隣のベッドで眠っている江美子の肩に手をかけ、揺り起こす。

「江美子、起きろ、起きるんだ」
「う、うーん」

江美子はぼんやり目を開く。

「隆一さん……どうしたんですか」
「しっかり起きてこれを見ろ」
「何? こんな夜中に……明日の朝じゃいけないの?」
「ブツブツ言わないで見るんだ」

薄いピンクのネグリジェに身を包んだ江美子は、ベッドの上に半身を起こす。隆一は江美子に携帯の画面を突きつける。完全に眠りから醒めないのかぼんやりしていた江美子の表情が見る見るうちに硬くなる。
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桐 11/4(日) 09:19:09 No.20071104091909 削除
「家でお鍋なんて久し振りね」

理穂が目を輝かせる。

「そんなに久しぶりかな」
「そうよ、5年……いえ、6年以上はやっていないわ」
「ごめんなさい、理穂ちゃん、お鍋が好きだったの? もっと早くすれば良かったわね」
「あ、いいのよ。江美子さん。特に好きって言う訳でもないの。ただ、パパと二人ではお鍋っていう感じでもなかったし」

理穂は首を振る。

「でも、こうやって三人でお鍋を囲んでいると、家族っていう感じがしていいわ」
「感じ、ってことはないだろう。立派な家族だ」
「そうね。なんだか昔のようにママと一緒にいるような気になることがあるわ」
「そうか……」

隆一は苦笑しながら江美子を見る。江美子はほっとしたような笑顔を理穂に向けている。

「なあ、理穂」
「なに? パパ」
「そろそろその、江美子さん、って呼び方をやめてみないか」
「なんて呼ぶの?」
「それは……」

隆一は口ごもる。

「言っておくけれど、ママと呼ぶ訳にはいかないわ」
「それは……」
「パパも江美子さんのことを江美子、って呼んでいるじゃない。ママの時はママ、って呼んでいたわ。私にだけ変わるように期待するのはおかしくない?」
「……」
「誤解しないでね、江美子さん。だからといって江美子さんを認めていないということじゃないの。いくら悪いことをしたと言ってもママはママ。それは変わりはない」
「理穂……」
「だけど、私はママにこの家に帰って来て欲しいなんて思ったことは一度もない。江美子さんとパパが結婚して本当によかったと思っている」

理穂はそう言って立ち上がる。

「どこへ行くんだ」
「ちょっと待っていて。すぐに戻るわ」

理穂は自分の部屋に入ると白い紙袋を持ってくる。

「江美子さん、これ」

理穂は紙袋を江美子に手渡す。

「少し遅くなったけれど、結婚1周年の私からのプレゼントよ」
「えっ……」

江美子は驚きに目を見開かせ、紙袋を開ける。そこから現れたのは純白のマフラーだった。

「先月のうちに買おうと思ったのだけれど、お小遣いが足らなかったの。今月ようやく貯まったから……その代わり、クリスマスプレゼントとの兼用ということで勘弁してね」
「理穂ちゃん」

江美子の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「ありがとう……ありがとう」

理穂はマフラーを江美子の首にかける。江美子はそのまましばらくすすり上げていたが、やがて顔を上げてほほ笑む。

「汚すと大変だわ」

江美子はそう言うとマフラーを丁寧に畳み、紙袋にしまう。

「ありがとう、理穂ちゃん。大事にするわ」
「お鍋が煮立ってしまうわ。さ、食べましょう、江美子さん」

理穂はそう言ってテーブルにつき、箸を取り上げる。江美子はそんな理穂の様子を楽しげにじっと眺めている。

(麻里の表情だ)

隆一はそんな江美子の姿を見ながら、別れた妻のことを思い出していた。麻里もあんな風にいとおしげに理穂の仕草を見ていた。江美子に、理穂の母親のような感情が宿り始めて来たのか、それとも……。
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桐 11/4(日) 09:18:15 No.20071104091815 削除
「そうですね、ちょっと遅くなってしまいました。ごめんなさい」

江美子は微笑すると靴を脱ぐ。出掛ける前に見られた翳りは、今の江美子からは感じられない。

「どうかしましたか?」

自分にじっと注がれる視線を感じたのか、江美子は小首を傾げて隆一を見る。

「いや、なんでもない」
「おかしな隆一さん」

江美子は微笑すると「少し汗をかいたので、着替えて来ます」と言い残し、寝室に入る。

(今日は確かに晴れていて、もう12月としては暖かいが、ちょっとばかり外に出ていたからといって汗ばむほどだろうか)

隆一は江美子の後ろ姿を見送り、首をひねる。そのまましばらく隆一は悶々としていたが、思い切って寝室の扉を開ける。

「きゃっ」

素っ裸の江美子が驚いて立ち竦んでいる。ベッドの上にはそれまで着ていたセーターやスカートが畳まれ、脱ぎ捨てられた純白の下着が床の上に見える。丸まっているので良く分からないが、レースをあしらった高級そうなものである。

「駄目よ、着替え中に入ってくるなんて」
「急に江美子の裸が見たくなった」
「もう……いくら夫婦の仲だって礼儀というものがありますわ」

江美子は裸のまま引き出しの中から新しい下着を出す。隆一には見慣れたシンプルなものだ。江美子は脱ぎ捨てた下着をつまみ上げ、白いバスタオルを身体に巻き、新しい下着とセーター、そして部屋着にしているジーンズを抱えて寝室を出ようとする。

「そんな格好でどこへ行くんだ」
「このままシャワーを浴びちゃいます」
「理穂が部屋にいるんだぞ」
「裸という訳じゃなし、さっと浴室へ入っちゃえば大丈ですわ」
「風邪を引くぞ」
「大丈夫です」

そう言うと江美子は部屋を出て、廊下を小走りに浴室へ向かう。

(ああいうことも昔はなかった。よくいえば、これまで俺と理穂の二人所帯だったこの家で、自分の家のようにくつろいでくれているということになるのだが)

隆一は心に引っ掛かるものを感じ、浴室へ向かう。音を立てないようにそっとドアを開く。

脱衣所に入った隆一は、曇りガラスの扉の向こうで江美子がシャワーを浴びているのを確認すると、脱衣籠の中を確認する。

(下着がない……)

自分で浴室へ持って入り、洗っているのか。

(シャワーを浴びたいといったのはそのせいか)

隆一は何げなく脱衣籠の中のセーターを押さえる。

(何だ?)

隆一は何か硬いものの感触を掌に感じ、畳まれたセーターをめくる。

(これは……)

そこで隆一が目にしたものは、ピンク色の小さなローターだった。
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桐 11/3(土) 16:34:46 No.20071103163446 削除
(あいつ、ひょっとして江美子のことを)

混浴温泉で江美子の裸身を見ていた有川の好色そうな目付きを思い出すと、隆一はかっと頭に血が上るのを感じる。

(復讐のつもりか……有川め、俺から麻里を奪っただけでは飽き足らず)

そこまで考えた隆一は、今は何も証拠はないことに改めて思い当たる。

(動機を考えると奴しか思い浮かばないが、麻里という女が有りながら有川が江美子に手を出すだろうか。麻里はなぜそれを許した? 麻里は何も知らないのか?)
(いや、そんなはずはない。江美子の髪形や洋服、下着の趣味が変わったのは偶然ではない。明らかに麻里の影響を受けている。そして、麻里の背後にいるのは有川だ)
(それなら麻里の意図は何だ? どうして江美子を有川と近づける? 俺や理穂を捨ててまで有川の元に走った麻里がそれでいいのか)

いずれにしても証拠がないままでは動きようがない。江美子を興信所に調査させるか、と隆一は考える。

(駄目だ、それは不味い)

もし江美子が潔白で、自分が江美子をそこまで疑ったことが後になって江美子に分かれば取り返しのつかないことになる。

(それに、もともと江美子は被害者だ)

俺たち三人の問題に江美子を巻き込んでしまった結果がこれだ。この前のK温泉でも、麻里や有川に甘い顔を見せるべきではなかった。いや、それ以前にもっとはっきりとケリをつけるべきだったのだ。

(五年前はそれが出来なかった)

麻里があの時開き直っていれば、もっと俺を責めていれば、麻里に対する未練はなかっただろうに。麻里は自分の非を認め、ひたすら俺に詫びるだけだった。理穂の親権についても決して争おうとしなかった。あいつを責める俺の方が悪いのかと思うほどだった。

隆一はふとベッドの脇に置かれた時計を見る。考え事をしているうちに時間が経ってしまった。じきに江美子が帰ってくるだろう。

(そうだ、携帯)

江美子は近くに買い物に出るくらいなら、携帯はリビングに置いてある充電器に差しっぱなしにしている。受発信の履歴を調べれば何か分かるかもしれない。

隆一はリビングに戻り、充電器をチェックする。

(ない……)

そこにあるはずの江美子のパールホワイトの携帯電話は見当たらなかった。

(持ったまま出掛けたのか。しかし、なぜ)

隆一は時計を見上げる。

(遅い……)

近所のスーパーへ買い物に行っただけだから、そろそろ帰ってもいいはずだ。このマンションに住み初めて一年ほどの江美子は、近所付き合いらしい付き合いもまだほとんどない。「理穂の保護者」として認知されてとも言い難いので、いわゆるママ友との付き合いもないから、麻里が時々そうしたように途中で誰かに出会って話し込んで遅くなるということもないはずだ。

隆一はじりじりする思いで江美子を待つ。それから30分ほどしてから「ただいま」という声がした。隆一は玄関で江美子を出迎える。

「遅かったな」
「え、そうですか」

隆一は江美子が手にさげている買い物袋に目を走らせる。特にたくさん買ったというような量ではない。江美子は買い物はいつも手際が良く、店頭で延々と迷うということはない。

江美子の表情に変わったところはないが、妙に顔が上気しているのが気になる。外気が冷たかったせいか。それとも……。

買い物に携帯を持って出掛けてもおかしくはない。買い物から帰るのがいつもより30分ほど遅れても不思議ではない。その程度の遅れで一々連絡をしなくても不自然ではない。しかし、そんな些細な事、いつもの江美子ならやらないことがすべて、隆一には気になるのだ。
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桐 11/3(土) 16:33:22 No.20071103163322 削除
(しかし、今度は違う。俺は二度と傷つきたくはない。そして理穂も傷つけたくはない)
(江美子に限ってそんなことはしないと思う。しかし俺は麻里の時もそう思っていた。理穂もいるのにまさか俺を裏切るまいと思っていた)
(何もなければそれが一番いい。しかし、疑いをそのままにしておくことは出来ない)

隆一は翳りがさしている江美子の顔をちらちら見ながらそう心に決めるのだった。

江美子が夕飯の材料が足らないからと買い物に出たのを見計らい、隆一は寝室に入るとタンスの引き出しを調べる。

(またもや女房の下着を調べることになろうとはな)

隆一は内心でため息をつく。下着が入っている引き出しを開けると、几帳面な江美子の性格を反映してか、白がほとんどの下着が奇麗に折り畳まれてしまわれている。ほとんどが隆一にも見覚えのあるシンプルなものだが、中に薄い青やピンク色の艶っぽいものが交じっている。

(これはたしか見たことがある。こっちはどうだっただろうか……)

隆一は奥の方にしまわれたパンティを一枚手に取り、畳み方を良く覚えてから広げて見る。白いレースに縁取られたそれは局部の所が極端に薄くなっており、陰毛まで透けて見えそうである。

(これはこの前はいていたな)

次に手に取ったパンティは手触りからしておろしてから間もないようだ。扇情的な赤のそれは隆一は見た記憶がない。

(どうも良く分からない。疑い出せばきりがない。そういう気持ちで見ればどれもこれもが怪しく感じられる)

隆一は広げたパンティを見ながら考え込む。どれもこれも見たことがあるようで、実は定かではない。そこで隆一はあることに気づく。

(麻里の持っていたものと似ている)

それで分からなくなっていたのだ。隆一の記憶がやや混乱しており、下着には見覚えがあるのだが、それを麻里がはいていたのか、江美子がはいていたのかがはっきりしなくなっているのだ。

(しかし、麻里と別れたのはもう5年も前のことだ。それなのにまだ、江美子のことと混乱するほどその記憶が鮮明だというのか)

少なくとも、江美子の下着の趣味は最近急速に変わって来ている。以前はこのような派手な下着は決して身につけなかった。

(K温泉に行ってからだ。あそこで麻里と有川に会ってから、江美子の様子が変わった)

しかし、なぜ……。

江美子に問いただすべきか、と隆一は考える。

(何も証拠はないのだ)

以前送られて来た「水」という男からのメールも、その後ぱったりと来なくなり、江美子の言った通り、ただの嫌がらせだということで決着している。江美子自身に関しても以前から変わったということは確かだが、寝室の中で積極的になるというのは男にとってはある意味で望ましい変化であり、文句を言うべき筋合いのものではない。

(浮気をすると夫とのセックスを拒むようになるというし……江美子の場合それは一切ない。むしろ自分から求めるようになったほどだ)

それではやはり浮気ではないのか。

(いや、そうと決めつけることは出来ない)

麻里が有川と関係していた時、俺とのセックスを拒んでいた訳ではなく、むしろ積極的だった。だから江美子についても浮気をしていないとは言えないのだ。普通の浮気相手なら、女が亭主とセックスをすることはおもしろくないだろうが、それを許容する男もいる。例えば……

(……有川)

隆一の頭の中に、K温泉で会った有川の顔が浮かぶ。
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桐 11/3(土) 00:18:56 No.20071103001856 削除
「それにしても江美子さん、最近ますますママに似て来たような気がするわ」
「えっ」

江美子は虚を突かれたような顔をする。

「そうかな。随分顔立ちは違うような気がするが」
「そんなことはないわよ。もともと目が大きい所は似ているし。洋服だってなんだか、今のママだったらこんなのを着るだろうな、っていうのを選んでいるようだわ」
「そ、そうかしら……」

江美子が落ち着きを失ってテーブルの上に視線を落とす。そんな江美子の様子を理穂はしばらく興味深げに見ている。

「でも、パパたちがデートするたびにケーキやプリンを買って来られたんじゃあ、太ってしょうがないわ。ちょっとは仲が悪くなってもらった方がいいかも知れないわね」

理穂は笑いながらそう言うと「ごちそうさま」とスプーンを置く。理穂は使っていた紅茶カップと皿を流しに運び、洗い始める。

「あ、理穂ちゃん。あとで私がまとめてやるから」
「いいのよ。江美子さん。今までは私がパパの分までやってあげていたの。自分のものを洗えば良くなっただけでも助かるわ」

理穂はそう言うとテキパキと洗い物を終える。

「洗濯物があればやっちゃうけれど」
「だ、大丈夫よ。お勉強していてちょうだい」
「勉強よりも洗濯の方が楽なんだけれどな」

理穂はそう言いながら自分の部屋に入る。

「すまないな。あんな風に麻里と江美子を比較するようなことを言うなんて、まだ子供なんだから勘弁してやってくれ」
「あ、あら、別に気を悪くしたわけじゃないのよ。むしろ理穂ちゃんが私に親しみをもってくれたんじゃないかと思いますわ」
「まだ江美子のことをママとは言えないようだ」
「それは仕方がありませんわ。理穂ちゃんにとって母親は麻里さんだけなのよ。だって……」

そこまで言いかけた江美子は急に口をつぐむ。

「どうした」
「何でもありませんわ」
「そうか」

隆一の視線を感じた江美子は視線を逸らす。

「どうした、なんだか元気がないな」
「そんなことありませんわ」
「横浜へ行ってから様子がおかしい」
「きっと、人混みで疲れたのよ。そう言ったでしょう」
「渋谷で営業をしている江美子がか?」
「……」

江美子は無言で視線を泳がせる。

「江美子」
「何ですか?」
「今日、横浜で声をかけて来た男だが」
「ああ、あれですか。私が一人だと思ってナンパするなんて、そんな軽い女に見られたかしら」
「ナンパ? 人違いと言わなかったか?」
「あ……で、ですから人違いです」
「どっちなんだ」
「あんな風に人違いを装って声をかけてくるのが、ナンパの手口だと思います」
「そうか」

隆一は釈然としない思いで頷く。江美子は残った紅茶をゆっくりと飲み干している。

(この感覚はいつか経験したものだ)

隆一は漠然とした疑いが徐々に形を成して行くのを感じる。

(そう、麻里が有川と浮気をしていた時に感じたものだ。あの時の麻里はもっと平然としていたので、俺は理由のない不安を感じるだけでなかなか行動に移せなかった)
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桐 11/3(土) 00:17:45 No.20071103001745 削除
想像していたよりは早く済んだ。隆一が待ち合わせの場所に戻ると、江美子は隆一よりも少し年下の男と話していた。隆一はとっさに江美子に気づかれないように柱の影に隠れ、二人の会話に耳を傾ける。

「……いつもと雰囲気が違うんで、最初は全然分からなかったよ。こんなところで会うとはね」
「……私、あなたにお目にかかったことはありません。人違いですわ」
「人違いなもんか。僕はこれでも人を見分ける目には自信があるんだ。せっかくだからお茶でも一緒にどうだ」
「そんな、困りますわ」
「ふん、やっぱり認めるんだね。いつもの大胆さはどうしたんだ」

(どういうことだ)

隆一は頭がかっと熱くなり、我慢出来なくなって柱の陰から姿を現す。

「あなた」

江美子が隆一にすがるような視線を向ける。江美子に纏わり付いていた男は隆一に気づいて、ぎょっとした顔付きになる。

「なんだ、亭主がいたのか」

男は吐き捨てるようにそう言うと、その場をそそくさと立ち去る。江美子は心細そうな顔を隆一に向けている。

「誰だ、あれは。知っている男か」
「いえ」

江美子は首を振る。

「人違いです。誰か似ている人と間違えたみたい」
「そうか……」

隆一は江美子の顔が微かに青ざめていることに気づく。

「大丈夫か、江美子。顔色がよくないぞ」
「いえ、大丈夫です。少し人混みに酔ったのかも知れません」
「そうか」

江美子の表情には再び憂いの色が走っている。隆一は江美子の手を取ると「今日はもう帰ろう」と頷きかける。

「でも、まだあなたの買い物が」
「急ぐものじゃない」

隆一はそう言うと江美子の手をひいて改札へ向かった。


「美味しい」

パンプキンプリンを口にした理穂はぱっちりした目を一層大きく見開き、感嘆の声を上げる。

「でも、また二人だけでデートに行ったのね。ずるいわ」

理穂が恨みがましくそう言うと、江美子は「ごめんなさいね、今度一緒に行きましょう」と慌てて口にする。

「冗談よ。新婚さんのデートを邪魔するほど無粋じゃないわ」
「もう新婚じゃないぞ。この前一周年の記念日は終わったからな」
「え、そうなの? 新婚の定義って一年だけなの?」
「普通はそうじゃないか。理穂は何年くらいだと思っていた」
「10年くらいだと思っていたわ」
「そりゃあ長い新婚だな」
「だって、ママとはそれくらいはずっと仲が良かったんでしょう?」

プリンを口に運ぶ江美子の手が急にとまるのがわかる。理穂は不穏な空気を察したのか「ごめんなさい」と小声で口にする。

「いや、気にするな。そういえばママと別れたのは結婚10周年の年だったな。それならあと9年は大丈夫か」
「あなた……」
「冗談だ」

隆一は顔の前で軽く手を振る。
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桐 11/1(木) 21:57:10 No.20071101215710 削除
「パンティが見えそうなスカートをはきやがって。こんな格好をして外でも男を誘っているんだろう」
「そんなこと……してません」

江美子はなよなよと首を振る。

「私は隆一さんだけです。それに……絶対に下着は見えませんわ」
「嘘をつけ、こんなに短ければ、ちょっと屈むと丸見えじゃないか」

江美子は恥ずかしげに頬を染めて、隆一の方を意味ありげに見ている。訝しく思った隆一は江美子のスカートをまくり上げる。

例によってTバックのショーツに包まれていると思っていた江美子の双臀が完全に露出されたので、隆一は驚く。

「下着を着けていなかったのか」

江美子は含羞を浮かべながら無言でうなずく。

「……言ったでしょう? 絶対に見えないって」

隆一が江美子の秘裂に指を当てると、そこはすでに、愛液が太腿を伝って流れ出すほどにじっとりと潤っている。

「この淫乱女め」

江美子は夢を見ているような表情で再びうなずく。隆一は慌ただしくパジャマのズボンを降ろすと、江美子の逞しいまでに豊満な尻をしっかりと抱え込んだ。


その日の午後、隆一と江美子は横浜まで買い物に出掛けた。江美子は朝方見せた大胆さが信じられないような、人妻らしい清楚な装いをしている。会話の端々で、江美子の表情に時折憂いの色が走ることに隆一は気づく。

(今朝方自信たっぷりな態度で、まるで妖婦のように俺を誘っていた江美子とは別人のようだ)

隆一はそんな江美子の様子を見ながら、麻里のことを思い出す。

(麻里もこんな感じだった。夜は娼婦のように俺を翻弄するのだが、昼間、本来の麻里に戻ると不安そうな表情を浮かべていた。後で考えると、それは有川と関係していたからだと分かったのだが)
(いや……そうではない。麻里の場合、結婚した時からその傾向はあった。あれはどうしてなのか。自分の中の娼婦の性質を抑えることが出来なくて煩悶していたのか)

食事をしながら理穂のことなどを話していると、江美子は次第に落ち着き、笑顔も見えるようになってきたので隆一はようやく安心する。

(少女のような笑顔だ。今朝、俺を誘った時の色っぽい笑みとは大違いだな)

隆一は心の中で苦笑する。

(清楚さと淫らさが両立しているというのは男にとっては魅力的なものだ。麻里の場合、そのバランスがよくなかったのだ)

なぜだろう。今日はやけに別れた妻のことを思い出す。江美子と一緒にいながらこんな風では申し訳ない。

しかし、江美子の髪形だけでなく、その装いや化粧の仕方までがどことなく麻里に似て来ているような気がするのは思い過ごしだろうか。

スカイビルのレストランで食事を終えた二人は地下に降りる。地下の商店街はすっかりクリスマスの装いを見せている。二人が地下の連絡通路を歩いていると、ルミネの前辺りで隆一の携帯が鳴る。

「土曜まで仕事の電話か」

隆一はうんざりした声を出す。

「少し時間がかかりそうだ、ちょっとここで待っていてくれ」

隆一は江美子にそう告げると、駅の方へ戻る。電話は銀行の海外支店から与信の判断を求めて来たものである。原地の営業が今週中の実行をコミットしてしまったもので、審査担当に対してはいわば後付けの承認依頼である。そのこと自体はルール違反であるが、隆一の判断ではまだ余力のある先である。週明けに必要な書式をそろえることを条件に、隆一は承認する。
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桐 11/1(木) 21:55:48 No.20071101215548 削除
土曜日の朝、隆一は食後の珈琲を飲みながら新聞を読んでいる。銀行での多忙な仕事に追われる隆一にとって、ほっとくつろぐことのできる時間である。理穂が学校に行ったため、マンションには隆一と江美子の二人きりである。

隆一は食器を片付けている江美子の後ろ姿に目を走らせる。江美子は太腿の半ば以上まで見えるようなミニスカートに包まれたヒップを隆一の方へ向けている。揺ら揺らと動くそれは生地が肌色に近いクリーム色ということもあり、まるで裸の尻のように見える。スカートの薄い生地から下着の線が透けていないところを見ると、下はきっとTバックなのだろう。

(理穂がいない時は当たり前のようにあんな格好をしてくる)

隆一は最近の江美子の急激な変化に対しどこか懐かしいような感覚と同時に、胸の奥がざわめくような戸惑いと不安を抱いていた。

結婚前の江美子は男性に対して、ことさらに距離をとるようなところがあった。そのため江美子に対する隆一の印象は、清楚で真面目な女性というものである。結婚歴がないとは言え、30歳を越えた女性に全く過去がないとは考えられなかったが、少なくとも江美子の日常からは男の影を感じさせることはなかった。

隆一も最初は江美子のことをさほど意識することはなかったのだが、一緒に仕事をするうちにその誠実な人柄と、ふとした瞬間に見せる女らしい仕草に徐々にひかれるようになった。

既視感――今考えれば、江美子にひかれたのは、そこに学生時代の麻里の姿を見ていたからかもしれない。今の彼女からは信じられないが、麻里もかつては清楚で真面目、男の影などは全く感じさせない女性だった。

(麻里もあんな風に変わっていったのだろうか)

隆一はゆらゆらと揺れる江美子の尻を見ながら、別れた妻のことを思い出す。

麻里は隆一との行為の最中、それこそ人が変わったように奔放になることがあった。麻里はそれが「スイッチが入る」と表現していたが。若かった隆一は、それは麻里が隆一とのセックスに満足しているからだと思い込み、単純にうれしくなったものだ。また、行為の後で寂しげにしている麻里の目は、隆一に対してあられもない姿を見せた羞恥からだと思っていた。

しかし、麻里はそんな奔放な姿を隆一だけに見せていたのではなかったのである。

麻里を変えたのは自分ではなかった。学生時代の短い付き合いで、麻里は有川から開発されていたのだ。麻里が隆一のもとを去ったのも、有川との行為の快楽が忘れられなかったからだと隆一は考えていた。

(しかし、麻里はどうして有川と結婚しない?)

有川は望んでいたとおり麻里を隆一から奪った。別れの際の修羅場も、結局はK温泉で有川が言ったように、合意書と慰謝料によって解決している。麻里と有川を阻むものはもはや何一つないはずだ。

(理穂のことが気になるのか)

考えられる理由はそれくらいである。離婚の際に麻里が最も気にしていたのは理穂のことである。娘を溺愛していた麻里が、離婚に際して理穂を引き取ることを主張しなかったことは隆一を驚かせた。当時は、男のせいで母親としての責任を忘れるなど、そこまで物事が見えなくなってしまったのかと、激しい怒りを感じたものだ。

しかし麻里が離婚しても有川と籍を入れなかったこと、理穂の養育費の支払いや、誕生日や卒業、入学祝いなど節目のお祝いを一度も欠かさなかったことなどから、麻里の理穂に対する母親としての情愛に疑う余地はないのではないかと隆一は考えるようになった。

(俺は女に振り回されてばかりだ。麻里のことは結局何も分からなかった。今、江美子のことも分からなくなってきている)

江美子は本当はどんな女なのだ。そんな思いに駆られて珈琲カップをおいた隆一は、自分がいつの間にかひどく欲情していることに気づく。

隆一は立ち上がり江美子の身体を背後から抱く。

「あん……駄目……まだ洗い終えていないんです」
「朝っぱらからそんな風にケツを振って俺を誘っておいて、白々しいことを言うな」
「そんな……ひどいわ。私、そんなエッチな女じゃありません」
「なら、このスカートはなんだ」

隆一は江美子のミニスカートの生地を撫で回す。
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桐 10/31(水) 21:21:50 No.20071031212150 削除
「あっ、駄目っ!」
「何が駄目だ」

隆一はセパレーツのウェア越しに江美子の胸を荒々しくまさぐる。

「こんな格好で俺の前で出てくるなんて、江美子は俺を誘ったんだろう」
「ち、違うわ。隆一さん。私はダイエットを……」
「何がダイエットだ。江美子が体重を気にしているなんて聞いたことがないぞ」

隆一はウェアを引き上げると江美子の乳房を丸出しにすると、激しく揉み立てる。

「あ、あんっ! や、やめてっ」
「本当のことを言え。俺を誘ったんだろう」

隆一は江美子のスパッツを引き下ろす。Tバックの白いショーツに覆われた江美子の尻が露わになる。

「なんだ、この卑猥な下着は」
「だ、駄目よっ。見ては駄目っ」
「何が見ては駄目だ。散々見せつけやがって」

隆一はパシンと江美子の尻をたたく。

「い、痛いっ」
「下着の線が見えないと思っていたら、こんなものを履いていたのか」
「こ、これはスポーツ用のショーツよ」
「嘘をつけ」
「嘘じゃありませんっ、あっ、痛っ!」

隆一は再び江美子の尻を平手で打つと、スパッツを完全に脱がし、江美子の身体をリビングの床の上に押し倒す。

「駄目っ、隆一さん」

隆一は江美子のTバックショーツを引き下ろし、秘裂に指を入れる。

「濡れてるじゃないか、江美子。これはどういう訳だ」
「そ、それは汗ですっ」
「嘘をつくなっ」

隆一の指は江美子の秘裂の奥をまさぐる。

「ああっ……」
「自慢の尻を見せつけて、俺を誘って、ここをびしょびしょに濡らしていたんだろう」
「そんな……」
「正直に言うんだ。言えっ」

隆一は江美子の豊かな双臀にパシッ、パシッとスパンキングを浴びせる。そのたびに江美子はああっ、ああっと悲鳴をあげながら身悶える。

隆一はパジャマのズボンを引き下ろす。信じられないほど高々と屹立した隆一の肉塊が飛び出し、江美子は目を見張る。

隆一は亀頭をすっかり濡れそぼった江美子の秘口にあてがうと、ぐいと押し込む。身体が引き裂かれるような圧迫感と、子宮が震えるような激烈な快感に江美子は裸身をのけぞらせる。

「ああっ、りゅ、隆一さん」
「俺を誘っていたんだな、江美子」
「は、はいっ、誘っていました」
「誘いながら身体を濡らしていたんだな」
「はいっ、濡らしていましたっ」
「淫乱女めっ」

隆一の言葉は乱暴だが、怒りは感じられない。江美子が思わず隆一の唇を求めると、隆一は微笑を浮かべて江美子に接吻を施す。舌と舌をからめ合うような接吻の後、隆一は江美子の耳元でささやく。

「抱いて欲しかったのか」
「そうですっ、抱いて欲しかったですっ」
「そうか」

隆一は微笑すると腰をぐいと突き上げる。

「ひ、ひいっ!」
「淫らな女めっ。江美子はこんな淫らな女だったのか」
「そ、そうですっ。江美子は淫らな女ですっ」

隆一は江美子の中で激しく荒れ狂う。快感の波に翻弄される江美子は何度も絶頂近くに押し上げられ、すぐに落とされる。

「どうだ、江美子。どんな気持ちか言ってみろ」
「き、気持ち良いっ……ああっ、狂いそうっ」

切なさとじれったさ、そしてかつて経験しなかったほどの快美感にのたうつ江美子は、隆一の首にしっかりと腕を回し、荒々しい律動に合わせて狂ったように腰を揺らせている。

『娼婦になって、これまでの自分から本来の自分を解放させるの。その先には目が眩むような快感が江美子さんを待っているわ』

江美子は頭の中にそんな麻里の声が聞こえてくる。隆一はついに江美子の中に欲望を解放する。江美子は身体の深奥に隆一の迸りをはっきりと知覚しながら、快楽の頂きへと上り詰めるのだった。


(第一部 了)
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桐 10/31(水) 21:20:50 No.20071031212050 削除
「どうした、江美子。その格好は」
「最近ちょっと太りぎみだから、ダイエットしようかと思って」
「そうか……」

隆一は興味なさそうに頷くと再び新聞に目を落とす。

江美子は気がくじけそうになるが、ここであきらめるのは早すぎる。江美子は麻里から借りたDVDをプレイヤーの中にセットする。

休日の朝、パジャマのままで新聞を読んでいる夫の目の前で、肌に張り付くようなセパレートのトレーニングウェア姿の妻がストレッチを始める。

(まるで安手のコントだわ)

江美子は自分がやろうとしていることの滑稽さと恥ずかしさにそう自嘲する。

モデルとしても有名な米国の映画女優が演じるワークアウトのビデオである。これに合わせて身体を動かせば、多少は恥ずかしさも紛れると麻里から勧められたものだ。

軽快な音楽とともにレオタード姿の女優が現れ、ストレッチを始める。江美子は画面の女優の動きを真似始める。テレビから流れる音が気になったのか、隆一が再び顔をあげて江美子の方を見る。

「ごめんなさい、うるさいかな?」
「いや、かまわないよ」

隆一はそう言うと再び新聞を読み始める。

江美子は出来るだけ隆一のことは気にしないようにしながら、ワークアウトに集中する。どうやら初心者向けのコースのようだが、日頃の運動不足のせいか、江美子にはかなりハードである。江美子は次第に夢中になって身体を動かし始める。肌が徐々に汗ばみ、ウェアの薄い生地が江美子の素肌に張り付いて行く。

画面の中の女優は大きく身体を前傾させ、お尻を思い切り突き出しながら背筋の運動を始める。手を床に付けて、身体をゆっくりと前に倒す。まるで猫が伸びをするような動作を繰り返す江美子は、いつの間にか隆一が自分の身体に時折視線を送っていることに気づく。

(こっちを見ているわ)

隆一に見られていることを意識し始めた江美子の身体が、急にかっと熱くなる。

(馬鹿なことをしている、と思っているかしら……でもここまで来たら恥のかきついでだわ)

硬い身体が徐々にほぐれていくのに従って、江美子の動きはより滑らかになっていく。DVDはストレッチの段階を終了し、ダンス音楽に乗った本格的なワークアウトが開始される。

10分もしないうちに江美子の息があがっていく。江美子は「はっ、はあっ」とリズムに合わせて息を吐きながら懸命に身体を動かす。

隆一はもはや新聞をテーブルに置き、江美子の動きに見とれている。江美子はそんな隆一の視線が、ウェアの薄い生地を通して肌に突き刺さってくるような気がする。

(隆一さん、気づいているかしら。私が挑発していることを)

激しい運動のせいか、江美子の頭は次第にぼんやりと霞んでくる。江美子は麻里の言葉を思い出す。

『貞淑な妻でよき母親、そして奔放な娼婦。男は二人の妻をほしがるのよ』

(私は隆一さんの前ではずっと貞淑な妻でいた。麻里さんに代わって理穂ちゃんの良い母親になりたいと思っていた。それなのにこんなことを……)

K温泉で有川と麻里に出会ったことが自分を変えたのか。それとも自分にもともとそういった素質があったのだろうか。

『娼婦みたいに隆一さんを悩殺してあげなさい』

(娼婦……そう、私は娼婦だわ。あられもない格好で隆一さんを誘う娼婦)

江美子は次第に夢中になって、画面に合わせてダンスを踊る。グラマラスな金髪美女が踊るダンスは不必要なまでにエロチックである。江美子は隆一の熱い視線を感じながら、次第に陶然としてくるのであった。

ワークアウトの映像が一時中断される。床に崩れ落ちそうになった江美子を、いつの間にかリビングに入って来た隆一がいきなり背後から抱き締める。
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桐 10/30(火) 21:21:25 No.20071030212125 削除
次の日、土曜の朝、理穂が学校へ行った後、隆一と江美子はマンションで二人きりになる。孝之の件が後に引いているのか、隆一との間は相変わらずぎこちない。ダイニングで無言で新聞に目を落としている隆一を見て、江美子は小さくため息をつく。

(このままではいけない……)

悪気はなかったとは言え、孝之の件を黙っていたのは自分に責任がある。なんとかこの状況を打開しなければ――江美子はそう思い定めると寝室へ向かう。

江美子は姿見の前で裸になると、昨夜麻里から手渡された紙袋から白いTバックショーツを取り出して身につける。

(これは……)

江美子はこれまで実用度の高い、地味な下着しか身につけたことがない。余分な飾りのないスポーツ用のTバックは実用本位だが、それを履いた自分の姿は思いがけないほど扇情的である。

白い布地がいわゆるVゾーンに食い込み、股間の筋までが浮き出しているようである。江美子は顔を赤らめながら、脇からはみ出した陰毛をショーツの中に押し込める。

次に身体を反転させた江美子は、自らの後ろ姿を見ていっそう狼狽する。ショーツの布地は江美子の双臀の割れ目に食い込み、豊かな両の尻肉はすっかりあらわになっている。

(これなら裸の方がずっとましだわ)

江美子は慌てて麻里から渡されたスポーツウェアを身につける。オレンジ色のウェアは、江美子の小麦色の肌に良く映えているが、セパレーツタイプの上衣の薄い生地には江美子の乳首がくっきりと浮き出しており、肌に張り付くスパッツも江美子の羞恥を和らげる役割はほとんど果たしていない。

(こんな格好で隆一さんの前に出たら何と思われるかしら……)

隆一はこれまで自分に対して清楚な印象を抱いていたのではないかと江美子は思う。そんな自分のイメージをぶち壊しにして、隆一を失望させることにならないかと江美子は懸念する。

(やっぱり私、とんでもない馬鹿なことをしようとしているわ)

そう考えた江美子がオレンジ色のウェアを脱ごうとした時、昨夜の麻里の声が蘇る。

『心配ないわよ、江美子さん。たまには貞淑な女の殻を打ち破り、娼婦みたいに隆一さんを悩殺してあげなさい』
『私は……そんな』
『あら、Tホテルの露天風呂で、有川さんの目の前で裸を晒したところなんか、私は感心したのよ。なかなか大した度胸だし、娼婦としての素質は十分だわ』
『あれは……麻里さんが先に……』
『私は有川さんに命じられたからだし、そもそも私は平気で不倫が出来る女よ』
『そんな……平気だなんて、思っていませんわ』
『気にしなくてもいいわ、江美子さん』

麻里は大きな瞳を妖しく光らせる。

『男は自分の妻に淑女と娼婦の、二つの役割を求めるものよ。昼は貞淑な妻でよき母親、夜は奔放な娼婦。二人の妻をほしがるのよ』

(二人の妻……)

江美子は鏡の中の自分の姿を改めて見つめる。

(そういえば、孝之も同じようなことを言っていた。自分には二人の妻がいるのだと。私は孝之の欲求を満たすための娼婦だったのだろうか)

そこまで考えた江美子は、急に胸が締め付けられるような感覚に陥る。

(もし、隆一さんが同じように二人の妻を求めたら、私には耐えられない。罪を犯した身だからわかる。利己的と言われようが、孝之の奥様のようには絶対になりたくない)

(隆一さんは私の不倫の過去を知ってしまった。私は隆一さんにとって、貞淑な妻の仮面をかぶり続ける訳には行かないのだ。奔放な私を愛してもらわないと……)

江美子はそう心に決めると姿見に向かい、薄く化粧を施す。そして黒髪をヘアバンドでまとめると思い切って寝室を出る。

オレンジ色のトレーニングウェアを身につけた江美子が、リビングルームに現れると、隆一は読んでいた新聞から顔をあげて江美子を見る。
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桐 10/30(火) 21:19:58 No.20071030211958 削除
「江美子さん、この前この店で飲んでいる時に、私にそのことで悩んでいるといっていたじゃない?」
「私、そんなことを言ったんですか?」
「あら、覚えていないの?」
「ええ……」

江美子はちらりとカウンターの向こうのバーテンダーに視線を向ける。バーテンダーは素知らぬふりでグラスを磨いている。

「そんなに酔っていたかしら……そう、確かに酔っていたわね。あの時は私も、調子に乗ってお酒を勧めて、悪かったわ」
「いえ、いいんです」

江美子は首を振る。

「それより私、何を言っていたんですか?」
「ちょっと言いにくいわね……やっぱりもう少し飲みましょう」

麻里はカクテルのお代わりを注文する。2つのグラスがカウンターに並べられると、麻里はそれが癖なのかグラスを掲げて「乾杯」と声を上げる。

麻里が一気に3分の1ほどグラスを空けるのに釣られて、江美子もレモンライムの爽やかな味が利いたカクテルを飲む。少し酔いが回るのを感じ始めた江美子の耳元に、麻里がそっと囁く。

「もっと隆一さんにベッドの中で愛されるにはどうしたらいいか、って私に聞いていたわ」
「えっ……」

江美子は頬が一気に赤くなるのを感じる。

「私、そんなことを麻里さんに聞いたんですか」
「そうよ、本当に覚えていないのね」
「ええ……」

麻里は困惑する江美子を楽しそうに眺めている。

「それで……」

江美子は羞恥に頬を赤らめながら口ごもる。

「それで、何なの?」
「麻里さんは何と答えたんですか」
「まあ、やはりそれが悩みだったのね」

麻里は小さく笑うと、足元に置いた紙袋を持ち上げると、中から紙の包みを取り出す。

「その時は私も酔っていたせいか名案が浮かばなかったの。後でいろいろと考えたのだけれど、これが一番手っ取り早いわ」
「何ですか、これは」
「開けてみて」

麻里はそう言って包みを江美子に手渡す。江美子が包みを破ると、そこからオレンジ色のトレーニングウェアが現れた。

「これは……」
「セパレーツタイプで、下はスパッツになっているの。身体にぴったりフィットするようになっているから、これを着る時は普通の下着は駄目よ」

麻里はさらに小さな紙の包みを手渡す。江美子がそれを開こうとすると麻里は「ここでは開けないで」と止める。

「スポーツ用のTバックよ」
「まあ……」
「ストレッチやヨガ、エアロビクス、なんでもいいからあの人の前で動き回りなさい。思い切りお尻を突き出すのを忘れないでね」
「そんなこと……」
「K温泉で言ったでしょう。隆一さんは女性のお尻が大好きなの。特に大きくて形の良いお尻が」

確かに自分と麻里は胸はそうでもないが下半身が豊かなところが似ている。有川はそれが隆一の変わらない好みだと指摘したが、隆一がそんなに女性のお尻に対する執着があったとは、江美子にとっては意外なことだった。

「それじゃあ、健闘を祈るわ。これは私から江美子さんへのプレゼントよ」
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桐 10/29(月) 21:09:44 No.20071029210944 削除
(私の時と同じだ)

江美子は言葉を失い、麻里の話を聞いている。

「おまけに一度だけのことなのに、そのメールには私はもう何度も有川さんに抱かれると書かれてあったの。私はパニックになったわ。絶対に秘密を守ってくれると約束してくれたのに、有川さんに裏切られたと思った」
「それで、麻里さんは認めたのですか?」
「否定したわ。でも、私の青ざめた顔色やうろたえた態度が私の言葉を裏切っていた。その日は週末だったから、携帯電話を取り上げられた私は寝室から一歩も出ることを許されず、有川さんに連絡を取ることもできなかった」
「その間もメールは次々に届いた。私が有川さんと……口には出せないような卑猥なことまで行っているという内容のものーー普段の私は貞淑そうな仮面を被っているだけで、実態は淫らな牝猫だと。それらのメールにももちろん写真が添付されていて……」
「厳しく責め立てられた私はついに有川さんとの関係を認めた。隆一さんは有川さんをすぐに呼び出し、問い詰めた。有川さんは一切の言い訳をせず、すべて自分が私を隆一さんから奪いたくてやったことだと認めたの」
「そんな……」

麻里の衝撃的な告白に江美子は息を呑む。

「麻里さんは弁解しなかったのですか。メールの内容は嘘だと」
「そうしたかったわ。でも、一度だろうと何度だろうと、私が隆一さんを裏切ったのは事実よ。その時の彼の悲しそうな顔を見ると、その時の私は何も言えなかった」
「そんなこと、変です。有川さんにメールのことを抗議しなかったんですか」
「もちろん後になって問いただしたわ。どうしてあんなメールを送ったんだって。でも彼は約束は破っていない、メールを送ったのは自分ではないと言ったの」
「えっ……」

江美子は驚きに目を見開く。

「それじゃあ、一体誰が」
「隆一さん自身よ」
「そんな……まさか……」
「私もまさかと思った。でも、そうとしか思えないの」

麻里は静かに首を振る。

「私が有川さんとその……関係を持った時、写真を撮られることはなかった。有川さんもそんなことを要求しなかったし、要求されたとしても私は絶対に拒んだわ。私が眠っている間に撮られたのかとも思ったけれど、どう考えてもその……無理なポーズがあったわ」

麻里は頬を薄赤く染めて口ごもる。

「目の前にどんな証拠が突き付けられようとも、私は断固として否定すべきだった。そうすれば、隆一さんは私のことを信じたと思うの。私は彼が差し出した踏み絵を踏むことが出来なかった。いえ、平然と踏めばよかったものを、ひどく狼狽してしまった。それが隆一さんの不信感を決定付けたのよ」

江美子は麻里の告白を、言葉を失って聞いている。

「江美子さん、これからもし、隆一さんがあなたに対して同じようなことをすることがあったら、全力で否定するのよ」
「えっ」

江美子は麻里の言葉に虚を突かれる。

「たとえその中に真実の一端があったとしても、すべて否定するの。そうすれば隆一さんは安心するわ。あなたを試すようなこともいずれしなくなる」
「……」
「まあ、こんなことを言わなくても江美子さんは心配ないわね。私のように隆一さんに対して隠さなければならないことは何もしていないだろうから」

麻里はそう言うと微笑する。江美子はそんな麻里の表情に気圧されるものを感じながら頷く。

「隆一さんとはその後うまくいっているの」
「え、ええ……」
「何だかはっきりしない返事ね、何か心配があるの?」
「いえ……」
「やっぱりセックスのことかしら?」
「えっ……」

麻里の唐突な問いかけに江美子は狼狽する。
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桐 10/29(月) 21:08:06 No.20071029210806 削除
「それは前も言った通り、私が有川さんと浮気をしたからよ」
「それが原因だということは分かるのですが、それだけなんでしょうか」
「どういうこと?」
「麻里さんが理穂ちゃんのことをとても大事に思っているのは、今の話をお聞きしてもよく分かります。たとえば、理穂ちゃんのためにでも離婚を思い止どまって、やり直すことはできなかったのですか?」

麻里は当惑したような顔で江美子を見つめている。

「すみません、立ち入ったことをお伺いしていると思うのですが、どうしてもわからなくて」
「江美子さんは、私達が離婚したことは隆一さんにも原因があったと思っているのじゃない?」
「えっ」

逆に麻里から問いかけられて、江美子は言葉を詰まらせる。

「江美子さんが単なる好奇心で私達の離婚の原因を知りたがっているとは思えないわ。どうなの?」
「それは……」

麻里は江美子にまっすぐ視線を注ぎ込み、江美子は目を伏せる。

「隆一さんのことで何か不安があるんじゃないの?」
「……はい」

重ねて問われた江美子が思わずうなずくと、麻里は急に真剣な表情になる。

「江美子さん、これから私が話すことは誰にも……隆一さんにも言わないと約束できる?」
「えっ」
「あなたが私のような過ちを犯してほしくないから話すのよ。私は理穂が悲しむ姿をもう見たくないの」

江美子は麻里に引き込まれるように「わかりました、誰にも言いません」と頷く。

「江美子さん、私が言うのも説得力がないけれど、人間って間違いを犯すことはあると思うの。それを許せる人もいれば許せない人もいて、仮に許せるとしてもそれぞれに許せる範囲と許せない範囲がある」

麻里は少し笑ってカクテルを口にする。

「私は、自分がした過ちがことが許せる範囲だというつもりはない。でも、世の中には妻の浮気を許すことができる人もいるとは思うわ。隆一さんは自分に厳しい人だけれど、その分相手にも厳しいところがあるから。江美子さんは彼と仕事をしたこともあるそうだから、そのあたりは分かるんじゃない?」
「はい」

確かに麻里の言う通りだ。隆一は他人の過ちに対して容赦がないところがある。もちろんそれ以上に自分に対して厳しいため周囲は容認しているが、そのせいでいらぬ軋轢を生んだこともなくはない。

「それと、隆一さんにとって私は過ちを許すことの出来ない相手なんだと思う。もし結婚前から私が彼一筋だったとしたら、かえって一度の過ちを許すことができたんじゃないかしら」
「それは、どうしてですか?」
「隆一さんは、私が自分のもとを去るのではないかと恐れていたんだと思うの。かつて私が有川さんのもとを去り、隆一さんを選んだように。だから私は絶対に彼を裏切るべきではなかった。それなのに私は……」

そのころの辛い記憶がよみがえってきたのか、麻里は悲痛に顔を歪める。

「有川さんはずっと私のことが引っ掛かっていて独身を通していて、前を踏み出せないでいた。一度だけ私を抱くことができたらふっ切れると言われて……私も学生時代に有川さんの気持ちを踏みにじった罪悪感からつい彼に身体を許したの。それはほんとに一度だけのこと」
「絶対に隆一さんに知られないで、それこそ墓まで持って行こうと思っていた。でも、やはり悪いことはできないものね。ある日、隆一さんの携帯にメールが届いたの」
「えっ」

江美子は驚きに息を呑む。

「私と有川さんが浮気をしているという内容のものよ」
「誰から送られてきたのですか?」
「わからない、でも、メールの最後には必ず『有』と記されてあった。隆一さんは有川さんからのものだと思ったわ」
「メールの内容は……」
「自分が奪われたものを奪い返した。本来自分のものだったものをやっと手に入れた、というようなことが書かれてあった。メールには……私の裸の写真や、寝顔が添付されていたの」
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桐 10/28(日) 14:56:44 No.20071028145644 削除
「江美子さんが今後、理穂と付き合って行くためには役に立つと思うの」
「でも、こんな……これは麻里さんにはとても大事なものじゃ」
「私は理穂から距離を置かなければならないの。そのためにはそのノートはむしろ邪魔になるわ」

麻里の意外な言葉に江美子は胸を衝かれた思いがする。

麻里は江美子にわざと自分が昔していたヘアスタイルを勧めたりして、隆一と江美子の間にさざ波を立てたいのではなかったのか。それでは、あれはまったく麻里の悪気のない行為で、麻里は隆一と江美子がうまく行くことを望んでいたというのか。

「ノートの後ろの方に理穂が私によく聞いてくる事柄もまとめて置いたわ。それがあれば、理穂が私にと細々したことで連絡を取る必要はほとんどなくなると思う」
「麻里さんは、それでいいのですか?」
「言ったでしょう、私は隆一さんに今度こそ幸せになってもらいたいの」
「でも……」

江美子はノートに目を落とす。江美子が、麻里と理穂を引き離したいと思っていたのは事実である。しかしだからと言って麻里にとって理穂との思い出が詰まっているノートを本当に受け取っていいのか。

「心配しないで。こんな偉そうなことを言っても実はちゃんとコピーを取ってあるのよ。私も未練がましいでしょう」

麻里はにっこり笑う。

「それで、改めてノートを見返しているうちに思い出したんだけれど……」

麻里はそう前置きして、理穂が幼いころの様々なエピソードを披露する。幼稚園で男の子二人を相手に喧嘩して泣かせたこと。しかしそのうちの一人とはその後大の仲良しになって「大きくなったらお嫁さんになる」とまで言い出して隆一を慌てさせたこと。

ある年の大晦日、いつもは早く寝かせられるのに、その日は特別に遅くまで起きていいと言われたので夕方から大はしゃぎをして、かえっていつもより早く眠り込んでしまったこと。眠ったまま隆一に抱かれて初詣でに行って、初日の出とともに目が覚めてきょとんとしていたこと。

初めて寝返りを打ったとき、つかまり立ちをしたとき、回らない舌で「ママ」と呼びかけたとき──幼いころの理穂のことを楽しげに話し続ける麻里を江美子は認識を改める思いで見ている。

(こんなに理穂ちゃんに愛情を注いでいたなんて……麻里さんは誤解されやすいけど、本当は心の優しい人なんだ。やはり、隆一さんが愛した人だけあるわ)
(でも、それならなぜ隆一さんと別れたのかしら。このノートを見ても、家庭を顧みなくなるような浮気をする人とはとても思えない。隆一さんにとってどうしても許せないことがあったのか)
(それともひょっとして隆一さんの方に原因が……)

「ごめんなさい、昔話ばかりしちゃって。退屈だったでしょう」
「いえ、とんでもないです」

江美子は首を振る。

「理穂ちゃんの話が聞けて、よかったです。隆一さんはあまり話してくれませんから」
「あの人は、理穂の事になると照れくさがるから……本当は理穂のことを溺愛しているのよ」

麻里はそう言うと微笑する。

その後しばらく、江美子と麻里は理穂と隆一の話題で盛り上がった。もっとも、話す量は二人との付き合いが長い麻里の方が圧倒的に多かったが。麻里の口調には二人に対する家族としての愛情や懐かしさなどは感じられるが、隆一への未練や執着というものは窺えない。

いつの間にか江美子はカクテルのグラスを重ねていた。今回はバーテンダーが気を遣ってくれているようで、量を飲んだ割りには酔ってはいない。麻里も気分の良い酔い方をしているのか、饒舌に話しながら時折声をあげて笑ったりしている。

今なら酒の力を借りて聞けるかもしれない。江美子は思い切って、一番聞きたかったことを麻里に尋ねる。

「あの、麻里さん」
「何?」
「隆一さんと離婚した理由はいったいなんだったんですか?」

麻里の目が一瞬、暗闇の猫の目のようにキラリと光る。
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桐 10/28(日) 14:55:35 No.20071028145535 削除
「この前江美子さんの髪型を見て、素敵だなと思ったの。だから少し真似をしてみたのよ」
「真似って……これはもともと麻里さんの髪型じゃ」
「そうだったかしら」

麻里は軽く首をかしげる。

「昔のことなのでよく覚えていないわ。でも、今はすっかり江美子さんのものといっていいわ。とてもよく似合っているわよ」
「……」

江美子が自分の服に視線を向けているのを感じたのか、麻里は微笑を浮かべたまま続ける。

「たまにはこんな硬めの服もいいかなと思って、これも江美子さんの影響かしら」
「そう……ですか」
「江美子さん、とても素敵なんですもの。あの人が惚れ込むのも無理はないわ」

麻里はそう言うと手に持った大きめの紙袋を足元に置き、カウンター席に座る。

「あら、まだ頼んでいなかったの」
「ええ」
「ねえ、この前の、何といったかしら。ペパーミントのカクテルをお願い。江美子さんは何にする?」
「あ、同じものでいいです」
「かしこまりました」

バーテンダーは微かに江美子に目配せする。それが、酒にあまり強くない江美子が酔い過ぎないようにラム酒の量を調節するという意味だと解釈した江美子は了解したというように目で合図する。

「どうぞ」

カウンターに2つのグラスが並べられる。麻里はグラスを取ると「乾杯」と声を上げる。江美子も釣られて「乾杯」とグラスを合わせる。

「でも、よかったわ」
「何がですか」
「あの人のところに江美子さんのような人が来てくれて」

ペパーミントのモヒートを口にした麻里は邪気のない表情で江美子に話しかける。

「これで私も安心できるわ」

江美子は麻里の意図が図りかねて黙り込む。

「あら、おかしな意味じゃないのよ。変に気を回さないでくださいね、江美子さん」
「私は、別に……」
「そうそう、今日は江美子さんにお渡ししたいものがあったの」

麻里は鞄の中から古いノートのようなものを取り出し、江美子に渡す。

「これは」
「中を見て」

江美子はノートをめくる。几帳面な手書きの文字でびっしりと埋められたそれは、理穂の誕生から成長の過程を綴った育児日記というべきものだった。

いつどんな病気をしたのか、接種済みの予防注射は何かというような実際的な記載だけでなく、育児の過程での苦労やささやかな喜びがこと細かく記載されている。麻里は仕事と育児の両立、およびそれに伴う義母との確執に苦心していたと聞いているが、そのような記述はほとんどない。そのノートの中の麻里の視線はまっすぐに理穂に向けられていた。

ところどころ隆一に関する記述もある。そこには理穂が慕い、麻里が頼りにしている一家の大黒柱である父親としての隆一が描かれている。あくまで中心には理穂が置かれているため、男性としての隆一の姿は希薄だが、それがかえって江美子にとっては新鮮だった。

ノートの最後の方には最近まとめられたのか、比較的新しい筆跡がある。理穂や隆一の好物と思われるメニューのレシピ、入居しているマンションに関する注意書き、親戚付き合いや冠婚葬祭に関する簡単な記述ーー。

江美子は驚いて麻里の顔を見る。江美子にとって麻里は良く言えば奔放、悪く言えばルーズな印象しかなかった。しかしそのノートの記述から伺える麻里の姿は典型的な良妻賢母である。

「江美子さん、そのノート、もらってくれないかしら」
「えっ」

江美子は驚いて麻里の顔を見る。
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桐 10/27(土) 20:48:41 No.20071027204841 削除
「あの……」

江美子は気になってバーテンダーに問いかける。

「この前ですが、私、酔っ払っておかしなことを話していませんでした?」
「いえ」

バーテンダーは再び微笑して首を振る。

「お客様の会話は聞かない様にしていますので」
「そうですか……」
「どうかされたんですか?」
「なんだか、酔っ払って、その……とてもプライベートなお話をしたような気がして……後悔していたんです」

バーテンダーは少し考えるように首をかしげていたが、やがて口を開く。

「でもたぶん、ご心配は要らないと思いますよ」
「えっ」
「お客様は店の中ではとてもしっかりされていました。だから私も強めのカクテルをお勧めしていたのです」
「そうですか」
「ただ、途中でお手洗いに立たれて、それから急にご気分が悪くなられたようですね。まもなく中条様に抱えられるようにしてお帰りになりました。それで、少し心配していたのです」
「そうなんですか……」

すると、自分は突然酩酊状態になったのであって、その後は少なくともバーでは麻里との会話は交わしていないということか。

それまでどうもなかったのに、急に酒がまわるということは考えられないことではない。まして、バーテンダーの作るカクテルが美味しく、もともとそれほどアルコールに強くない江美子がついつい飲みすぎてしまったとしても不自然ではない。

「麻里さん……中条さんはこの店は良く来られるんですか」
「はい、ご贔屓にして頂いています」
「あの、麻里さんは私のことに関して、何か前もってお伝えしていたのでしょうか」
「大事なお友達だからよろしくとおっしゃっていました。お料理もお酒もお好きだと」
「そうですか」

江美子は考え込む。麻里がバーテンダーに伝えたことは単なる社交辞令で、それほど意味のないことかもしれない。しかし、なぜか江美子にはひっかかるものがあった。

(わざと酔わせようとしたのかしら……でも、いったい何のために)

いや、それは考えすぎだろう、と江美子は思い直す。江美子は自分が酒に強いとも弱いとも麻里に対して伝えた覚えはない。江美子がもし酒に強ければ、数杯のカクテル程度で正体をなくすほど酔わせることは不可能なのだ。計画的に酔わせるなど、予め江美子の酒量を知っていないと出来ないことだ。

江美子がそんなことを考えていると、バーテンダーの「いらっしゃいませ」という声がする。顔を上げると麻里が微笑しながら江美子に近づいてくるところである。

「お待たせ、江美子さん」

麻里の姿を目にした江美子は、思わず息を呑む。

(髪型が変わっている──)

以前の麻里の髪型は短めの黒髪とはいえ、江美子のものとは違いウェーブが強めにかかったものだった。しかし、今は江美子の髪型とそっくりというわけではないが、かなり近いものになっている。

服装もそうである。前回会ったときはインテリアコーディネーターという職業柄か、明るめでファッショナブルな装いだったのだが、今日の服はそれに比べるとスクエアなもので、銀行の営業に就いている江美子が着るものに近い。

要するに、麻里の外観は、前回に比べて江美子に非常に似てきているのだ。

(どういうつもりなのだろう──)

江美子はすっと背筋が寒くなるような気がする。

「麻里さん、その髪型は……」

思わず江美子が尋ねると、麻里は微笑を浮かべたまま平然と答える。
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桐 10/27(土) 20:47:39 No.20071027204739 削除
あれ以来隆一との関係はぎこちない。夫婦のそんな不自然な様子が理穂にも伝わったのか、以前のような笑顔は見られない。

(このままではいけない。隆一に疑いを解いてもらわなくては)

江美子が昔、水上と不倫の関係にあったこと、そしてそれを隆一に話していなかったことから、江美子の言葉は隆一には素直に受け入れることが出来ないものとなっている。どうすれば以前のような信頼関係を回復することができるのだろう。

(いっそ、昔の不倫の償いをすべきなのか……)

水上の妻に詫びを入れ、しかるべく慰謝料を払ったら、隆一は江美子を許してくれるだろうか。

(……いや、それは駄目だ)

江美子はすぐにその考えを否定する。それは一見潔いことのように見えるが、実は単なる江美子のエゴに過ぎない。知らなくてすんだ夫の不倫を知らされた水上の妻の苦しみはどれほどのものだろうか。水上の妻から要求されるのなら別だが、こちらからわざわざ過去を暴き立て、平和な家庭に波風を立てるのは愚の骨頂だ。

(それならどうしたら……)

江美子が頭を悩ませていると、携帯にメールの着信の音がした。発信名には「中条麻里」と表示されている。

『この前のお話の続きをしませんか。金曜日、同じ時刻で例のバーで待っています』

(この前の話って……)

江美子がバーで麻里に対して「主に隆一さんとの」セックスのことまで話したという。江美子は酒に酔っていておりはっきりとした記憶がないため、いったい何を話したのか問いただしたが、麻里は口元に微妙な笑みを浮かべて言葉を濁すだけだった。

(でもこれは、いい機会かもしれない)

前回は結果的に酒の力で麻里に対して本音をさらけ出すことになった。麻里も江美子に対する警戒を解いているだろう。麻里から、隆一との別れの真相をなんとか聞き出すのだ。それによって隆一との関係修復の方法が見えてくるかもしれない。

(隆一さんに話しておいた方がいいだろうか)

今回のことは結婚前の孝之との関係を、隆一に対して正直に伝えていなかったことが原因の一つになっている。内緒で麻里と連絡を取っていることが後になって隆一に知られれば、かえって問題を悪化させないだろうか。

(いや、今はやはり言うべきではない)

江美子はそう思い直す。隆一と麻里が別れた原因については、夫婦の間のすれ違いや育児と仕事を両立し難いことのジレンマから、麻里が有川に悩みを打ち明けるうちに深い仲になったとは聞かされた。しかし、それだけでは本当のことは分からない。二人の間に何があったのか、麻里の言い分はまだ聞いていないのだ。

『心配要らないわ。私が教えてあげる。隆一さんのことを全部』

麻里の言葉が頭の中によみがえった江美子は、承諾のメールを返した。

江美子が麻里と再び会うことを決めたのは、この時、結婚前の孝之との関係を隆一に責められることが辛くて麻里との話の中から隆一の失点を見つけ、自らの立場を回復したいという気持ちがあったのも否めない。しかし、それがこの後の江美子にとって予想もしなかった結果をもたらすのだった。


その週の金曜日、江美子は指定の時間に六本木通りのバーを訪れた。少し早めに着いたため麻里はまだ来ていない。バーテンダーは江美子の顔を覚えていたのか、会釈をして声をかける。

「いらっしゃいませ。この前は申し訳ありませんでした」
「えっ」
「強いカクテルばかりお勧めしてしまって。お気分を悪くされたでしょう」
「いえ……」

江美子は首を振る。

「私の方こそ、調子に乗って呑みすぎて、お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ、とんでもありません」

バーテンダーは微笑する。
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